「【1930年代のニューディール政策による強制労働地移行を、2011年以降の現代日本に置き換えて考える。何時の世でも、犠牲になるのは第一次産業に従事する民であるが、それでも民は生き続けるのである。】」怒りの葡萄 NOBUさんの映画レビュー(感想・評価)
【1930年代のニューディール政策による強制労働地移行を、2011年以降の現代日本に置き換えて考える。何時の世でも、犠牲になるのは第一次産業に従事する民であるが、それでも民は生き続けるのである。】
ー ジョン・スタインベックの「怒りの葡萄」や、幾つかの短編集は5年位に一度、読み返す。主に、政権に変革が起こった際である・・。ー
◆感想
・ジョン・スタインベックの「怒りの葡萄」を、複数回読んでいる者にとっては、正直今作はヤヤ物足りない。
だが、物語はほぼ原作通りに進む。
・牢に繋がれていたトム(ヘンリー・フォード)が、久し振りに故郷を訪れると、誰もいない廃屋が・・。
ー そして、政府の小役人が”政府の指示で”砂嵐が続くオクラホマから、カリフォルニアに移農を強引に進める姿が、フラッシュバックのように描かれる。ー
◇スタインベックが、当時強烈に放ったメッセージ。
”この地で生まれ、農作物をキチンと作り、この地で死んでいく・・。”
・彼らが政府に指示されてオンボロトラックで、移住したカリフォルニアは、真に豊かで、彼らにとって住みやすい土地であったのか・・。
<2011年以降、今作の原作を読むと、自らの意向は無視され、福島県から他県に移住させられた第一次産業に従事していた方々の姿を思い出すようになった。
福島県庁で働く学友二人の言葉や、一昨年まで足を運んでいた福島、宮城の地の状況。
人災(含む、ニューディール政策)により、生まれ故郷を追われた人たちの無念の想いは到底、計り知れない。
自由を重んじる国であれば、その地に住む民の意向をきちんと鑑み、生き続ける選択肢(厳しいのは、福島に行った時のガイガーカウンター値から、分かっている積りである。)を残しつつ、何がベストな選択肢なのかを時間を掛けてでも、模索して欲しい。
先週公開された素晴らしき問題提起映画「護られなかった者たちへ」を観て、今作を鑑賞し、再度思った次第である。>