「それぞれの矜持。それぞれの誇り。その行方。」ア・フュー・グッドメン とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)
それぞれの矜持。それぞれの誇り。その行方。
冒頭。はっきりとは見せぬ襲撃。
そこからの、
一糸乱れぬ、海兵隊員のデモンストレーション。見事。
デモンストレーションの美しさを印象付ける。
登場人物それぞれの誇りをかけた生き様が交錯する。
名セリフとして名高い「お前に真実は判らん!」。
この事件の”事実”は明白。証明が難しいだけで。
だが、”事実”≠”真実”。
キャフィーの知りたがる”真実”と、ジェセップの生き様をかけた”真実”とは次元が違う。
そして、ジェセップは己が信じる”真実”は、世の中・治安維持・国家防衛の点で、それこそが”真実”と思い込んでいた。
という社会的には何が”正義”かと問う問題作であると同時に、
チャラ男・キャフィー中尉の成長譚。
この時期、チャラ男から一本筋の通った男になるという、こういう役が多かったトム様。でも、微妙に一人一人違う演じ方。すごい。
超有名な人権法律家の父を持ち、それとの確執?も微妙ににじませる。どこに行ってもついてくる父の名声。キャフィー自身もハーバード・ロースクール出身で、目端の利く頭の回転の切れの良いエリートなのだが、父に比べれば…。父に憧れつつも、父に及ばない自身への失望もチラ見せしつつ、AD/HDかというような粗忽さもあり、頭の回転と口のうまさを最大限に発揮して、小手先の方法で業績を上げる。野球>仕事への熱意(父に対する自己卑下による逃避?)。それが…。自分が海兵隊から、ある目的をもって利用されていると気が付いてから…。さあ、どうでるか。長いものに巻かれろでもいいはずなのに。それが処世術にたけたエリートの対応のはずなのに。
びびりながらも、自身の軍事法廷・懲戒免職をかけた賭けに出て、ジェセップ大佐に食いついていくキャフィー中尉。ジェセップ大佐の自負心(虚栄心とは表現したくないジェセップ大佐の生き様をニコルソン氏が演じる)を煽りながら。裁判官・検事・陪審員はすべて将校。社会通念・正義よりも、軍の通念・正義が通る軍事法廷。圧倒的に不利な状況の中での、その果て…。圧巻!
何が、キャフィー中尉をそうさせたのか。単なる正義感とは思いたくない。ドーソン兵長の生き方に感化されたように思う。それでも、「命令されたから」で命を失った兵士の理不尽さにも怒りを覚えて。高潔な、人を思いやることのできる兵士が犯す罪。なんともやるせない。だからこそ、ラストのやりとりに繋がるのだと。
ギャロウェイ少佐。
己の信念・正義感に基づき、突き進む。キャフィーのお尻を叩く役。わがまま~。同僚に居たらやりにくそう。これだけお尻を叩きまくって、いざとなると…。キャフィーを心配しているとも見えるが、なら最初からお尻叩くな!彼女がいないと話が進まないが。
ムーアさんの映画はまだあまり見ていないが、この信念の女性具合が、鼻につきそうな一歩手前で、美貌と合わせて、くらっと来てしまう。初デートでカニ料理のチョイスも少佐らしい(笑)。
ウェインバーク大尉。
風船のようにつかみどころのないキャフィーのお目付け役。お目付け役なのだから、海兵隊上部の意図から外れていくキャフィーを引き戻してもよさそうなのに、同じ方向で協力。自身の出世には影響しないのか?裁判自体への貢献は、この映画の中ではあまり描かれておらず、いなくてもと思ってしまう。だが、キャフィーとギャロウェイだけだと迷走しそうな中、ウェインバークがいるだけで、チームとして地に足がついている雰囲気が出てくる。「弱いものいじめは嫌いだ」から被告のことを嫌っているのに、それはそれ、職務は職務と言うところが、プロとして矜持。知的だなあ。
ポラック氏の映画もこれ以外ほぼ見ていないが、この存在感に唸ってしまう。親馬鹿ぶりも和む。
検事・ロス大尉。
演じるのはベーコン氏。最近の癖のある役から、物語の進行に、何かやらかしてくれるのではないかと勝手にドキドキ。でも、キャフィーとの関係性に安定感を醸し出しつつも、検事と弁護士という立場の違いからくる攻防にハラハラしと、物語に華を添える。ウェインバークとはまた違った安定感。それでいて、キャフィー同様の頭の回転のキレ、冷静さ。この映画の中では、チャラ男キャフィーよりもスマートなエリートで格好良い男。好演。ジェセップの衝撃的な証言の後の目の泳ぎ方も見もの。
ダウニー一等兵。
自分で考えることを放棄してしまった兵士。たまたま心酔できるドーソン兵長に出会ったから、そうなったのか?命令に従っていること。それが彼の矜持と言うのが悲しい。
そんな小物感と、小物なりのプライドを、しっかりマーシャル氏が演じている。
マーキンソン中佐。
ジェセップ大佐と己の矜持との板挟み。その結果…。
温かみと、元諜報員の不気味さ。指揮命令系統を重んじる軍人としての矜持と、人としての矜持のせめぎあいの中…。中間管理職の悲哀。ウォルシュ氏好演。
上司を告発するなんて軍人としてはあり得ない。けれど、人として暴挙を止められなかったことに対しての自責。裁判がキャフィーたちに有利に進むかと見えての、この顛末。その後のキャフィーの行動が、どんなに無謀なことなのかを印象付ける。
ケンドリック中尉。
演じるのはサザーランド氏。拝見するのは『スタンドバイミー』と今作くらい。激情型のお兄ちゃんが、今作では、ねちっこい蛇のような役で、敵役を一気に引き受ける。好演。
と、出演されているすべての方を称えたいが、やはり一番の怪演はジェセップ大佐を演じるニコルソン氏に尽きる。
パワハラの権化。権力に取りつかれた男ともいえるが、単なる権力亡者ではない。
紛争がいつ起こっても不思議ではない国境の警備。その緊迫感がヒリヒリと伝わってくる。その一線を死守する覚悟。それゆえの感覚の麻痺。善と悪の混乱。指揮系統の乱れ→国の安全の崩壊・部下の全滅くらいに、その責任を得負っていたのであろう。
ぬくぬくと安全圏にいて、美味しいところを引っさらっていくエリート(キャフィー父子が代表)への反発。国を動かしている意識の高い系のエリートに対して、命を張って国を守っているのは自分たちだというゆるぎない自負。裁判長やロス大尉の助け舟さえ、自身の仕事に対するけなしとしてしまうほどの強靭なる信念。単なる悪役ではない。
法廷での証言の後、周りの反応が変わったことへの戸惑いのシーンが秀逸。職務を遂行したと称賛され、皆首を垂れるのが当然と思っていたことからの混乱。この方にしか表現できないのではないかと思ってしまう。
トム様演じる不退転のキャフィーの口八丁。でも、それ以前の軽口に比べ、ジェセップ大佐の威厳にビビりながらも決して逃げない演技がニコルソン氏の演技を引き立てる。
裁判長。
公平を努めるのにも関わらず、ジェセップ大佐の証言後の、「言わせてしまった」感からの、司法として適切な対処への切り替え。
そんな映画史に残るやり取りのあと、すべてをさらうのがドーソン兵長。
最初のふてぶてしさ。そこから見えてくる彼なりの矜持。ジェセップ大佐の証言後の慌てよう。その上で、映画ラストの言葉が生きてくる。ボディソン氏好演。
脚本も見事。
ドーソン兵長が自身のミスを隠蔽しようとする悪の化身のような始まりから、法廷で少しずつ見えてくる人柄。そして、将校から見たら使い捨てのコマであるドーソン自身のために、将校であるキャフィー自身の懲戒免職をかけて、勝ち目のない勝負に出るキャフィーを見てからのラストの言動。
キャフィーの野球好きも、後半の論戦のきっかけをつくる。上手い。
事実確認のちょっといらつく答弁からの、一気に畳み込む、圧巻の論戦。緩急に見事さ。
ハラハラする要素も入れつつ、直球に気持ちの良いラストに向かう。
元々舞台劇の映画化とのこと。
さもあらん。
それぞれの男たちの矜持のぶつかり合い。
大切なものは何か、それを守るために何をすべきか。考えさせられる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
映画は気持ちよい感動で終わるが、日常に置き換えると、話はとてつもなく思い。
命令に逆らったら…。
それこそ、逆らった本人たちの命が危ない。
命ほどの危機はなくとも、その世界での命を絶たれることは必須。
組織内のパワハラ。元受けと下請け。逃げた先に、他の人生を見つけられるか…。視野狭窄に陥ってしまいそうになる。
だからこそ、一人一人が意識しないといけないのだが。
せめて、映画で気持ちよく終わることが嬉しい。
(台詞は思い出し引用)
(2024.11.28追記)