劇場公開日 2003年12月13日

「ぜひ冒頭のシーンを見返して下さい」ジョゼと虎と魚たち(2003) あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0ぜひ冒頭のシーンを見返して下さい

2020年7月9日
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鑑賞方法:DVD/BD

本作は障害者問題とか、福祉がどうだとか
それは本当のテーマではないと感じました
本作のテーマはあくまで恒夫とジョゼの恋愛物語だったと思います

冒頭の旅行写真を見返すシーンがとても気になります
恒夫が誰に説明しているのでしょうか?
香苗?まさかのノリコ?男友達?
とにかく彼にとりもう済んだ話になっています
傷ではない、単にちょと昔こんなことがあったと懐かしく思い出せること
だからジョゼの障害が負担で捨てたとかそんな話では彼の中ではなってはいないのです

男と女が別れる
男が女を捨てる、その逆もあります
愛がなくなったから別れる
愛しているから別れる
他に好きな人ができたから別れる
様々です

このように思い出になる良い別れ方は、そう無いと思います
別れた傷が、双方に、あるいはどちらかに残るものです
自分が傷つかなくても、相手が傷ついている場合が殆どです

冒頭のシーンは恒夫は傷ついていません
ラストシーンはジョゼが逞しく生きていることはわかりますが、心に傷が残ったのかまではわかりません
でも、本編を観てきた観客は知っています
ジョゼが傷ついているのなら、恒夫がこんな風に思い出を語れない人間であることを私達は知っているのです

対等に別れたから、恒夫はこんな風に自然に思い出を振り返ることができるのだと思います

あの旅行はそもそも恒夫の実家の法事にジョゼを連れて行って、両親や親戚に紹介する事が目的だった筈です
ジョゼは当然それを知っています
浮き立って一週間前から持ち物リストを点検していたくらいです
もちろん、旅になぞ子供のときから一度も出たことが無い彼女ですから、旅自体が興奮することなのは間違いないことです
でも、あくまで恒夫の家族に紹介されにいくのだと言うことは頭の先頭にあるのです

なのに、彼女は寄り道をさせるのです
法事に間に合うとか間に合わないとか、全く考えずに水族館に行きます
さらに海に寄れと時間を潰させて、日が暮れたらせっかくだから温泉付きの旅館に泊まって行こうということになってしまってます

結局海底をモチーフにしたラブホテルに泊まります
後から思えば、ジョゼのそこでの言動は明らかに別れの言葉でした

何故にジョゼは車椅子を拒否していたのでしょう?
恒夫におんぶさせて、如何に自分が彼の人生に負担になるのかを実感させる為だったと気がつきました

水族館には本当にジョゼは行きたかったのだと思います
ところが偶々休館日でした
彼女は激しく憤ります
何でわざわざ遠いところからきてやったのに!と

その時ジョゼは、結婚を諦めたのだと気がつきました
「息子」に結婚やろ!と言われた時に、「アホか、そんなことあるわけないやろ」と応えた彼女でしたが、この時が本当に彼女が結婚を諦めた瞬間だったのです

恒夫に結婚はお互いに無理なことをわからせたかったのですが、できずに、今日のこの日を迎え、ここまできてしまったのです
恒夫が自分を愛して障害を乗り越えて、本気で結婚しようとしていることを確かめただけで、彼女はそれで十分満足だったのです

水族館で時間を潰させて法事に間に合わないようにしたかったのです

恒夫は一緒に実家に行こうとジョゼに言ったとき、口に出してプロポーズしたわけではないようです
なし崩し的に結婚に向かっていくようなことで考えていたようです
そんな結婚はどこにだってあることです
ズルいとかそうでないとかということはありません

だからジョゼは実家に行けばそうなることをわかっています
でも彼女は最初から結婚を諦めていたのです
恒夫に調子を合わせておいて、本当は旅行に行きたかっただけです
少しだけ本気かどうか確かめたかったのかも知れません
最初からジョゼは恒夫との最後の思い出づくりの旅行のつもりだったのです

恒夫も目的地が近づくにつれどんどん気が重くなります
同時に、ジョゼの気持ちも察したようです

水族館の休館日を見て時間を潰せなくなり、とうとう二人は結婚を諦ると決断したのだと思います
それがあのトイレのシーンなのだと思います


それはジョゼの空想する異性
自分を支配する強い男
だからいつか好きな男と虎を見たかったのです

魚たち
ジョゼは海底の深い暗い底に暮らしていました
そこには魚たちも貝もあって、本当は賑やかなのです
何度も読み返す古本、散歩で見る花や猫
ずっと彼女はそうして生きてきたのです

ラブホテルの枕元のスイッチを入れたらミラーボールのように魚たちや貝が部屋中に泳ぎだしました
そのように、恒夫との思い出はジョゼの真っ暗な海底を、キラキラと光が煌めく魚たちが泳ぎ回る楽しい光景にしてくれるはずなのです

結婚しないと決めた男女なら、そのうち別れることになるのは当たり前です
別れた男が、昔の女と寄りを戻すことも普通です

別れる理由は確かにジョゼの障害の重さです
ジョゼは車椅子を使わせずその負担の重さをおんぶさせて恒夫に分からせました
恒夫は一生その負担を背負える覚悟までなかった事を知りました
また、それを乗り越えていくだけの激しい燃え盛る恋愛ではないことは二人ともわかっているのです
それを彼は逃げたと表現したのです
だから恒夫は泣いたのです
好きなことは変わらない
でもそこまで愛してはいない
彼の誠実さが伝わり心を打ちました
これこそが本作のテーマなのだと思いました

ジョゼは終盤で電動車椅子で買い物帰りのようです
あの乳母車みたいな猛スピードです
ラストシーンは恒夫の荷物がなくなったジョゼの家です
でもあの布団はそのままです
彼女は逞しい女性です
真暗い深い深い海底で暮らしている自覚はありますが、虎と魚たちを恒夫は見せてくれました
その思い出をあの拾った古本のように何度も何度も何度も思い返しているのだと思います
恒夫との思い出は良い思い出なのです

「それもまたよしや」

「我々はまたもや孤独になる
それでも同じことなのだ
そこにまた流れ去った1年の月日があるだけなのだ
ええ、わかっているわとジョゼが言った」

ジョゼには、両足をポプラの木の幹に立てかけることは出来ません
でも本の世界ではできるのです

魚の焼き加減をじっと見定めるジョゼ
時間はなんぼでもある

そして恒夫もまた冒頭のシーンのように良い思い出となったのです

だから対等の男女の別れだったのです

素晴らしい男女の出会いと、そして別れの物語だと思います

ぜひ冒頭のシーンを見返して下さい
素晴らしい希有な傑作に出会えた幸せを感じました

あき240
karasuさんのコメント
2022年2月4日

ご立派と言うセリフがこの映画の中にありました。
この二人は立派だとレビューを読んで感じました。

karasu
sanaさんのコメント
2020年12月18日

あきさんのレビューを読みながら、映画を思い返して感慨深い気持ちになりました。映画鑑賞後に読むことで、またもう一度、そしてさらに深く、その作品と向き合えるような素晴らしいレビューをありがとうございました。僕もジョゼ大好きです。

sana