「嫌な気分になりたくなったらまた観ようと思います」蛇イチゴ rollcheeseさんの映画レビュー(感想・評価)
嫌な気分になりたくなったらまた観ようと思います
なんとも嫌な映画でした。勿論良い意味でです。
西川監督のデビュー作?と聞いていてとても期待してみましたが期待以上でした。
とても日本的な嫌な気分になる映画です。韓国映画やハリウッド映画の様な分かりやすい悪意じゃなく、ピントがぼやけた半笑いの悪意が映画全体に染み渡っています。
どうしようもない話なんですよね、本当に。
同僚の不正を庇って会社を首になって、それを家族に言い出せず借金を繰り返す父親、芳。
認知症の義父の世話で疲れ果て、義父を見殺しにしてしまう事になった母親、章子。
嘘ばかりついて、香典泥棒を繰り返す兄、周治。
そして正義感の強い良い子の妹、倫子…。
表面上穏やかだった家族が義父の死と兄の帰宅をきっかけにどんどん壊れていくお話です。壊れていくというか、元から壊れかけだったのを皆が見て見ぬふりで取り繕っていたんですね。それが一気に崩れてしまう。ボロボロの中大量の借金で首は回らない、さあどうするのか。
そんな境地で明智家は一人一人とても人間らしく振舞い、皆が皆悪人ではないのも相まって絶妙に視聴者をイライラさせてくれます。
宮迫さん演じる兄、周治が本当にいい味出してました。
周治は中学生だった妹のパンツを勝手に売ったり香典を掠めとったりとどうしようもないクズですが、口がうまく、信頼を失い家族から勘当されていた筈なのにその中にあっさりと戻ります。父親とフラフープで遊び、母親には甘えられ、兄を疑っている筈の妹も楽しくおしゃべりしてしまう。彼は借金で破滅ぎりぎりの明智家で、借金取りを追い返して、解決策を提示し父母の財産を自分名義にするように仕向けさえするのです。もうこれは才能です。
けれど彼の真意は最後まで分かりません。家族を本当に助けようとしていたのかすら不明。へらへら笑って視聴者にすら何も見せてくれないのです。最後まで視聴者さえ彼を信じればいいのか分からない。とても見ていて不安になる人物を宮迫さんがコミカルに演じていました。
家族の中で倫子だけがそんな兄を疑うのですが、それを父母に言っても白けた態度をとられてしまいます。真面目で正義感が強く嘘なんかつかない倫子の正しさよりも、いい加減でダメな周治の救いの方を両親は必要としてしまったのです。倫子が可哀想ではありました。正しい事を言ってるのに、息が詰まるとまで言われてしまうんですから。しかもあの結末ですからね、正しさって何なのかと考えてしまいました。
印象に残っている場面はいくつかあります。
・義父のご飯シーン(良い感じにイライラする)
・章子のお風呂清掃シーン(悲しいし遣る瀬無い)
・葬式の場面で借金取りとのひと悶着とその最中の義父の絶妙な表情(死体ですが)
・義姉の言葉で一気に壊れちゃう章子(あの無表情から一気に言動がいきいきし始める流れが怖い)
・倫子と恋人鎌田の言い合い(もやもやが半端ない)
・朝目覚めた芳の傍らで倒れている章子(し、死んだの?寝てるだけ?)
・かっこうかっこう~♪
特に最後の蛇いちごが机に置かれているシーンがとても好きです。溜息が零れました。
蛇いちごは本当にあった=兄が本当の事を言っていた=兄は本当に家族を助ける気だった?
いやいや真実はやっぱり誰にもわかりません。そもそも蛇いちごが美味しい訳がないですよね。
周治はやっぱり嘘つきでしょうが、どこまでが嘘だったのか。もしかしたら家族を助けようとしてくれてたの?という可能性が残っているのに半端ないもやもやを覚えました。うーん。たまらん。
蛇いちごとそこを這う虫がとても嫌悪感をあおるラスト。
淡々としていますが引き込まれました、面白かったです。嫌な気分になりたくなったらまた観ようと思います。