劇場公開日 2002年10月5日

「懐かしい風景に巡り会うことができた」阿弥陀堂だより 詠み人知らずさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5懐かしい風景に巡り会うことができた

2023年11月25日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

23年11月下旬、BS260で視聴。封切時に、劇場で見たはずだが。
原作者は、医師と作家の二足のわらじを履くが、医師として肺がん患者の末期を看取る日々に耐えられず、パニック障害を発症する。それが、作家としての著作に反映する。この映画では、原作者はパニック障害を発症した医師である妻と、それを見守る作家の夫に分離され、それぞれを映画界を代表する俳優たち、寺尾聰と樋口可南子が演ずる。スタッフは、基本的に黒澤組、強調すべきは、衣装協力として名を連ねる黒澤和子さんか。音楽は、加古隆。
ただし、映画としては、良いところを詰め込みすぎた感があり、部分的には、黒澤の晩年作の続編を思わせた。
ところが映画が終わる前から、私は不思議な感じに包まれた。私の二人の子供が生まれた頃のことを想い出したのだ。出産のために帰省した家内の実家を、私は何度か訪問した。その頃の私は、どのように生きたらよいか見出す前で、苦しみも多かった。しかし、今は成長している二人の子供の出産前後に、家内、生まれてきた赤ん坊、下の子の出産の時に付いてきた上の子に会えたことは、この上ない喜びだった。随分、元気が出て、日常に戻ることができたように思う。しかも、それが再出発するための勇気を与えてくれた。
ではどうして、この映画を観て、そんな昔のことを想い出したのだろう。
二つ、考えられる。
一つは、何と言っても、夫の恩師の妻役で、あの「東京物語」の香川京子が出ていたこと、長身で立ち居振る舞いが美しかった。
もう一つは、長期ロケを行った奥信濃の飯山の情景。信濃では、昔からある程度、年を取ったら、山に帰る風習があった。撮影のため、彼の地に建てられた「阿弥陀堂」の場所は、「山」と「里」の境界(あわい)に当たるように思われた。雪が「山」から「里」に降りてきたときの情景が美しかった。雪を背景として、映画の役柄の上だけでなく、自身の生涯をかけて老婆を演じた北林谷栄の存在感と演技が光った。
私たちが、もう失ってしまった、自然の中で人々が静かに生きて行くことの意味が、年齢を経て、再びこの映画を見る機会があった私に、伝わってきたのだろう。
私にとっては、大変、貴重な時間になった。

詠み人知らず