「私はスパイになった。私の心は死んだ」陸軍中野学校 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
私はスパイになった。私の心は死んだ
戦時中実在し、『ジョーカー・ゲーム』の元ネタでもあるスパイ養成機関“陸軍中野学校”を題材にした1966年の作品。
50年も前の国産スパイ映画?
嘲笑するなかれ。
スパイ映画に馴染み無い日本に於いて、国産スパイ映画として最上級。
ハラハラ緊張感もあるし、見応えもあるし、何よりその悲劇性に胸掻きむしられるほど目頭熱くさせられる。
陸軍幹部候補生の次郎他、草薙中佐によって集められた若きエリートたち。
スパイとしての技能を徹底的に叩き込まれる…。
モールス信号や暗号解読、銃撃といったスパイらしい学習塾のみならず、
服役囚を講師に招いての金庫の開け方、拷問、薬品を用いて人を自然に殺める術。
変装、2か国の外国語、仮の二つの職業訓練。
果てはダンス、女性の落とし方、性感帯まで。
スパイになるという事は、全てを捨てねばならない。
本名も、出世も約束された人生も、愛する人や家族も。
それに耐えられず、訓練中に自殺する者も。
何か意義はあるのか?
スパイと言うと、どうもイメージが悪い。
裏切り、人殺し、盗み。全ては自国の為。
が、彼らを招集した草薙中佐の志は違う。
貧困や紛争などで苦しむ国の原因を探り、その国を救え。
模範として語られる明石大佐(日本の伝説のスパイ、詳しくはWikipediaを)のような真のスパイとなれ。
中盤の実戦は巧みさとエンタメ性もあり。
スパイ肯定映画…と思いきや、そうではない。
スパイの非情さ、悲劇などが非常に色濃く描かれており、10何年も前初見した時もその印象が延々と残っている。
訓練中、不祥事を起こした者が。
大事になれば、存続の危機。
そこで彼らが下した決断は…。
スパイへの固い志、学校を愛し始めた故…と言えば聞こえはいいが、人間性をも殺さねばならない行動にヒヤリとさえする。
次郎には、婚約者の雪子が。
が、軍に行ったきり、次郎は行方不明扱い。
雪子は次郎を探す為、今の仕事を辞め、軍の情報部のタイピストに。
ある時、次郎の戦死を知らされる…。
湿っぽいメロドラマのようだが、彼女の存在がスパイの非情さや悲劇を殊更浮き彫りにしている。
失意の雪子に、ある人物が近付く。
恋人を奪ったのは陸軍。この日本という国を滅ぼしかねない陸軍。
そして彼女は…。
他に方法は無かったのか…?
憂鬱になるくらい、哀しく、やるせない。
市川雷蔵にとっては珍しい現代劇。他にもちょっとお堅い演技の者もいるが、抑圧の無い淡々とした回想の語りは作品に合っている。
加東大介の熱演には確かに負ける。
若き小川真由美が美しい。
ラスト、次郎はある人物を自殺に見せかけ、遺書を書く。その一文に、
“私もスパイだった。私の心は死んだ”
…と、ある。
その言葉を借りるなら、
“私はスパイになった。私の心は死んだ”