「キャッチーな作品だが、人物の描き方には愛がある。」マルサの女 すっかんさんの映画レビュー(感想・評価)
キャッチーな作品だが、人物の描き方には愛がある。
◯作品全体
タイトルからワンマンプレーのカリスマ査察官の話かと思ったけど、想像以上にチームプレーで外堀を埋めていくようなストーリーが意外だった。
敵役・権藤にたどり着くまで根回ししてたり国税専門官への異動があったりとまわり道が多いにもかかわらず、テンポの良いストーリーが画面を釘付けにする。
テンポが良い分、上手く行き過ぎ感もなくはないけどマルサの熱量と戦法にただただ惹き込まれた。
そこまでじっくりと描いてるわけじゃないのに、キャラクターが活き活きと見えるのが良い。
マルサの連中もそうだし、港町税務署の課長ですら「技を持ってる」感じがする。主人公・板倉を単に持ち上げたりする役割でなくて、今まで培ってきた仕事のスキルや矜持があるのが透けて見える感じが巧い。板倉へ助言するときもこういうときならこうする、というノウハウがキチンと頭にある感じを、強調することもなく自然と会話の中に盛り込んでいる。
周りの人物に個性を作るのであれば、外見だったり特技みたいなものを与えたりするのがあるあるだけど、大体の場合記号化されすぎてどこかで見たようなキャラクターになってしまってる。本作はそういう特技みたいなものでなくて、それぞれが今まで経験してきた戦法で挑んでいる見せ方が、そのまま彼らのいままでを描いていて自然に見えるのだと思う。
権藤の造形もとても良かった。やっていることは悪だし、倒すべき敵なんだけれど、その後ろには彼の人生がある。脱税者と査察官という意味では対峙する存在なんだけど、親という意味では寄り添える分がある。零細企業からみた査察官が正義でありながら敵であるように、絶対悪なんてそうそういないっていうのが作品の節々にこぼれ出ていることで物語に説得力があるし、それぞれの人物描写に愛があるように感じた。
ファーストカットの衝撃的なエロだったり下世話な話もたくさん出てくるんだけど、そういう目につきやすい作品の特徴の下地には、キチンとした人物の描き方があった。
◯カメラワークとか
・ファーストカットのインパクト。窓枠に積もった雪とその奥に見える黒塗りのセダンの予兆からPANして乳を吸う老人へ…この静かな予兆と異常すぎる状況を1カットで自然と映してしまう巧さ。
・アップショットが少ないだけで古臭さってこんなに軽減されるんだな、と思った。表情によって感情を映す古典的なやり方ではなくて、仕草や立ちふるまいで見せる画面がとても良い。脇役であっても立場や役割で身振り手振りはぜんぜん違うし、そういう芝居の積み重ねで人物が描かれている気がした。
・ラストの競輪場のシーン。子どもを見つめる権藤の目線を詰める画面が良い。平和な景色が遠くに行ってしまった演出。なにかを見つめながら話すというシーンはどの作品にもあるけど、映し方の工夫で印象はぜんぜん変わる。
◯その他
・マルサの人間の仕事っぷりと連携は無限に見たいと思えるくらい面白かった。コメディチックなのに仕事への矜持があるのが、やっぱり良い。
・清楚っぽい女がラブホへ消えていく…というのを見つめるマルサ職員のシーンが好き。怒ったり泣いたり、おおげさに芝居するんじゃなくて、ただションボリするっていう。全然知らない人間だけどなんか落ち込む、みたいなあるある。コメディに振ってもおかしくないけど、哀愁あるのがとても良い。