「当時購入の映画パンフレットは「となりのトトロ」だけだったが…」火垂るの墓(1988) KENZO一級建築士事務所さんの映画レビュー(感想・評価)
当時購入の映画パンフレットは「となりのトトロ」だけだったが…
今年は戦後80年ということもあってか、
随分とこの映画のことがTVで採り上げられ、
終いには映画そのものがTV放映されたので、
35年以上も前の劇場鑑賞作品を再鑑賞した。
しかし、手元に残る当時のパンフレットは、
同時上映だった「となりのトトロ」のみ。
多分に、当時は「…トトロ」の印象の方が
上廻っていたのだろう。
しかし、今回は「…トトロ」との比較検証
は出来ないけれども、
少なくとも、この「火垂るの墓」は
名作以外の何ものでもないことを
改めて認識させられる鑑賞となった。
この先の辛すぎる兄妹の生き様を予感させる
冒頭のドロップ缶を印象的に使うシーンから
妹の荼毘まで、
全編、涙無しでは観てはいられなかったし、
空襲の最中、窃盗を働く兄の姿は切なく、
逆に心を締め付けられるような思いだった。
自らの生活に汲々とする時代とはいえ、
二人に食料を提供する人が誰かいないのかと
鑑賞を続ける中で頭をよぎるのは、
身近な人の不幸には手を差し伸べるつもりは
当然ながらあるものの、
果たして自分だったら、こんな状況の中で、
身ず知らず人に手を差し伸べることが
出来ただろうかとの自問。
それが幽霊の兄が我々観客に視線を向ける
ラストシーンの意味なのだろうとも思った。
今回のTV放映に先立つ事前情報では、
高畑勲監督は、
“この作品は反戦映画ではない”と語った
とのことだったが、この作品が描くのは、
非常時に懸命に生きた兄妹の凄絶な生き様
ではあるものの、それは、
明らかに戦争がもたらした結果なので、
私には、“単なる”反戦映画ではない
とのニュアンスだったのだろうと理解した
のだが、監督の真意はどうだったのだろう。
さて、日本には、加害者視点での太平洋戦争
を描く作品を阻む勢力が強く存在していて、
なかなかそんな観点での映画は生まれにくい
環境があり、この作品も、
被害者視点での範疇に留まるものの、
同じアニメ作品「この世界の片隅に」と共に、
戦時下に懸命に生きた人々を描いて
心打たれる反戦映画の名作として、
我々の心に残っていくのではないだろうか。