富士に立つ若武者

劇場公開日:1961年4月9日

解説

「森の石松鬼より恐い」の鷹沢和善の脚本を、「家光と彦左と一心太助」の沢島忠が監督した、若き日の頼朝を描くロマン。撮影は「若さま侍捕物帳(1960)」の山岸長樹。

1961年製作/93分/日本
配給:東映
劇場公開日:1961年4月9日

あらすじ

平治元年十二月、平家に敗れた源氏は追跡を逃れて都落ち。大将義朝の次男朝長は戦死、三男頼朝は猛吹雪の中で父の一行を見失う。頼朝は凍死寸前、狩人鬼頭次、志乃の兄姉妹に救われた。が、父義朝が追手に捕まり首をはねられたことを知り、観念した頼朝は平家の縛についた。都に送られた頼朝、鬼頭次、志乃は三条河原で処刑寸前、清盛の母禅尼の命乞いで救われ伊豆の配所に流された。それから十年--頼朝は忠臣佐々木定綱、盛鋼、鬼頭次兄妹に守られ読経三昧の日々を送っていたが、ある夜、探題配下に追われる頼朝の友文覚を救った北条時政の娘政姫の美しい姿にひかれた。また、このころから源氏再興を図る草の実党が生まれ、情勢は次第に動き始めた。新しい伊豆探題として平兼清が赴任してきた。兼清は平家の力におごり酔った。彼は政姫を見染めた。が政姫の心は頼朝に傾いていた。頼朝と伊豆の豪族北条の政姫が結ばれれば源氏再興に万全の重さを得ると草の実党の面々は喜んだが、これを察した兼隆は時政に政姫をくれと強請した。一方、政姫も兼隆を断りつづけたが、家門を重んじ頼朝を断りかねない父の時政の決意を知った彼女は兼隆に嫁ぐ決心をした。しかし、挙式の当日、頼朝は鎧兜に身を固め決起した。今こそ源氏再興の時、頼朝は定綱以下の草の実党、盛綱の一党、土肥次郎、仁田四郎らを従え探題館に斬りこんだ。騒然たる式楊、頼朝は兼隆を斬った。富士の見える丘に駈け上がった頼朝の鞍の前には政姫が。そして眼下には無数の白旗がなびいていた。

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映画レビュー

3.5 頼朝挙兵物語

2026年2月24日
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鑑賞方法:その他

楽しい

単純

ドキドキ

VHS化と配信はされているがDVD化はされていない。僕はVHSの取り寄せレンタルで観た。

平治の乱で伊豆に流された源頼朝が平家打倒に立ち上がるまでのお話。いかにも東映娯楽時代劇といった感じの勧善懲悪ものになっていて、主人公頼朝を助ける架空人物の狩人兄妹はひたすら健気だし、敵役の平兼隆(山木兼隆)と堤権兵衛(堤信遠)はさしずめ悪代官と十手持ちといったところ。ほとんど『水戸黄門』みたいなノリで、特に堤権兵衛役の阿部九洲男はもろに悪役商会といった感じだった。そんな悪役たちの弱い者いじめを主人公の頼朝が耐えに耐えて最後に怒りが爆発するという定番と言えば定番の展開だが、回想シーンの平治の乱と最後の頼朝挙兵はなかなかに大規模な合戦&チャンバラシーンで当時の東映の底力を感じさせた。

印象的だったのは、父・義朝らが自害しようとしたり、家臣や北条宗時から死を覚悟で戦おうだの死ぬ気で逃げろだの言われるたびに、頼朝が「いや! わしは生きる!」みたいな台詞を言うところ。やたら何度も出てくるんで、当時15~20年前に起こった戦争における滅びの美学とか死の美学の否定みたいなものがあったのかもしれない。ヒロインは政姫(北条政子)だが狩人の妹も頼朝に想いを寄せてたりして、恋愛パートにも妙に力が入っている。頼朝が「わしはこの恋に生涯をかけているのだっ!」みたいな台詞を言ったり、頼朝と政姫の結構激しいラブシーンがあったりと、ドラマに膨らみを持たせていてなかなか面白い。

ただ史実的な観点から言うと、頼朝が平治の乱の時点から本役の大川橋蔵なんで到底13歳には見えないというかそもそも大人として扱われてるとか、そのためか挙兵まで史実では20年のところを10年に縮められてるとか、史実では1177年の俊寛捕縛(鹿ヶ谷の陰謀)と1180年の源頼政の挙兵(以仁王挙兵)が同時に起こったことになっているとか、そのあたりの史実関係はかなりユルい様子。文覚を演じてる大河内傳次郎が滑舌悪くて半分くらい何言ってるのかわからないし、映像も夜のシーンは暗すぎてよく見えないが、全体的にはストレートな娯楽時代劇になっていて思いの外になかなか面白かった。

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バラージ

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