風前の灯のレビュー・感想・評価
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口当たり軽めの木下式スラップスティック
木下惠介の幅広い作風には毎度驚かされるが、そういえば彼に初めて興味を抱いたのは『破れ太鼓』だったことを思い出した。適度にカリカチュアライズされているものの露悪にまでは振り切られてはいない登場人物たちが織り成す軽妙洒脱な滑稽譚。『二十四の瞳』や『永遠の人』のような重厚なドラマももちろんいいが、喜劇作家としての木下惠介も同様に重要だと私は思う。
下宿を舞台に守銭奴の老婆と周囲の人々が面従腹背・巧言令色のご近所付き合いに四苦八苦するという、どこか小津を思わせるようなビターなホームコメディだが、木下の場合はより軽快だ。ペラペラと休みなく続く会話劇はもちろんのこと、まるで空気のようにスッと開いたり閉じたりする薄い襖がシークエンスの僅かな行間さえさらに縮めている。また下宿の内部構造を露骨に見渡せるようなショットがないのもいい。どの部屋がどの部屋に繋がっていて繋がっていないのかほとんどわからない状態から、物語の進展とともに徐々に下宿の全容が掴めてくる感じ。
老婆の財産に目をつけた愚連隊の青年たちが下宿の向かいの丘から下宿の様子を慎重に窺う一連のくだりも可笑しい。待ち侘びて特攻を仕掛けようとするたびに下宿から無数の人々が出入りするタイミングの悪さ。最後は全く別件でやってきた警察にビビって遁走してしまう。こういう情けないホモソーシャルを描くことにかけて木下惠介は抜きん出ている。
普段の木下作品ではさめざめと悲痛な涙を流す演技ばかりさせられている高峰秀子が老婆の財産を狙う性悪妻を演じている姿が新鮮だ。高価なウイスキーをしこたま客人に飲まれ思わず苦い顔を浮かべる佐田啓二も可愛い。
老婆に財産などなかったことが明かされるオチは想定内であるもののアメリカ式スラップスティックコメディの王道を往っている。変に含蓄とかが残らない爽やかな後味も素敵だ。
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