「何が為に斬る」人斬り 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
何が為に斬る
五社英雄監督1969年の作品。
『御用金』に続くフジテレビ製作映画。
本作も大ヒット。同年に2本の時代劇巨編を大ヒットに導いた五社監督の手腕もさることながら、映画界に参戦したばかりの一介のTV局の商業も目を見張るものがある。なるほど、今も映画製作を続けている訳だ。
勝プロダクションも共同で製作。すでに映画を製作していたが、時代劇映画は本作が初。『座頭市』じゃなかったのか…。
主演は勝新太郎。共演に仲代達矢、石原裕次郎、デビュー間もない倍賞美津子。そして、三島由紀夫。豪華なスターたちと異色のキャスティング。
原作は司馬遼太郎。脚本は橋本忍。
五社監督の手腕もますます冴え渡った、こちらも一大娯楽巨編。
題材は、岡田以蔵。
幕末の四大人斬りの一人で、“人斬り以蔵”の名でも知られる。
扱われた作品は数知れず。時代劇に少々疎い私でも聞いた事ある。
が、詳しくは知らない。関わった事件、人物など絡むと私なんぞより歴史好きの方々の方が詳しく説明出来るだろうが、あくまで個人として見ると、『るろうに剣心』の剣心なのだ。(尚、剣心のモデルは同じく幕末四大人斬りの河上彦斎)
この国の未来の為と、人を斬る。それは“殺し”ではなく、“天誅”。
そう信じていた。が…
以蔵は己の矛先に何を思い、何を見たのか…?
土佐の貧しい村で燻るような暮らしをしていた以蔵。
彼の剣には他に縛られない野獣のようは鋭さがあり、その腕を武市半平太に見込まれる。
だが、まだ人を斬った事のない以蔵。人を斬るとは如何なものか、武市らが土佐藩執政・吉田東洋を斬る場を目に焼き付ける。(武市らによるクーデター事件)
斬る!斬る!斬る!…ギラギラメラメラと、己の中から燃えたぎる。
武市率いる土佐勤皇党は、京都へ。
その勢力は留まる事を知らず。中でも以蔵は“人斬り以蔵”と知れ渡り、一目置かれていた。
自分を見出だしてくれた武市への忠誠は変わらず、しかししばしば働きが度を過ぎ、武市から叱責を受ける事も。
そんな中、同じ土佐出身で今は別の道を歩む坂本龍馬と再会。
また、薩摩藩で同じ人斬りとして名を轟かせる田中新兵衛と出会う。
坂本龍馬から勝海舟の護衛を頼まれた事で、武市との関係が悪化。以蔵は離反。他の藩へ自分を売るが…。
俺を欲している藩なんて幾らでもいる。すぐ雇われる。
慢心だった。
何処も以蔵の腕は買うが、雇い入れるまでは及び腰。何故なら、
武市の“犬”で、暗殺者。もし雇い入れたら、土佐藩、勤皇党、武市…いずれとの関係が危うくなる。
武市の“犬”として飼い慣らされ、そこから逃れる事は出来ない。暗殺者として背負った宿命からも…。
新兵衛や想いを寄せ会う女郎の前で泣きじゃくる。
抗い、運命は自分で決める。が、そうは出来ない不器用な者も。
結局、武市に頭を下げ、戻るしかなかった。
武市から暗殺の密命。標的は耳を疑う人物。そしてその罪を、新兵衛がした事に。
以蔵は従うしかなかった。
以蔵の精神は苦悩に満ち、酒に溺れ…。
岡田以蔵の実物像は残されていないとか。数々の映画やドラマでは冷酷な暗殺者。二次創作のアニメやゲームではイケメンキャラ。
本作では勝新太郎が演じた事により、人間臭く、喜怒哀楽激しい人物に。
おそらく人によっては賛否分かれる。豪快な性格で、女も酒も好きなんて、勝新まんま。
勝新が岡田以蔵を演じたのではなく、岡田以蔵を勝新に合わせたような。
突飛なキャラ立ちでもある。しかしその中に、苦悩や哀愁を滲ませた熱演を見せる。
これはこれでスターの貫禄とインパクト充分。
武市も然り。調べると、高潔な人物とも評される武市。しかし本作では、目的の為なら手段を選ばない策略家で、不要になったら忠犬でさえ無情に切り離す冷酷さ。人斬りの以蔵より恐ろしい。仲代達矢が抑えた演技でそれを感じさせる。
無情に切り離す主もいれば、気遣う友も。人斬りや武市配下の以蔵の今の境遇を、何とか脱してやりたいと手を差し伸べる坂本龍馬。石原裕次郎が好助演。
勝新以蔵も仲代武市も石原竜馬も、イメージと違う、コレジャナイ!…と感じる人も多いだろう。が、圧倒的オーラのスター同士の共演については、誰も異論無い筈。これも映画鑑賞の醍醐味の一つ。
とりわけ異彩を放つは、田中新兵衛役の三島由紀夫。
出番はそんなに多くない。途中退場も…。が、
田中新兵衛はある暗殺事件の犯人とされる。明確な証拠は無いが、犯人である事に間違いないとの後年の検証。本作では罪を着せられた形に。
その取り調べ中、肯定も否定も曖昧のまま、突然切腹自害。史実通り。
演じた三島由紀夫も公の場で切腹自害した事はあまりにも有名。しかもそれを決行したのは、本作の翌年の事。
何の因果なのか、劇中と実際が奇妙にリンクし、三島の迫真の演技もあって、忘れ得ぬシーンに…。
ただただ演じただけなのか、三島由紀夫のリアルなのか、それとも田中新兵衛が憑依したのか…?
とは言え本作は、五社監督の手腕が存分に活かされた娯楽巨編。
橋本忍脚本による話は中弛みせず。
ダイナミックなアクションや見せ場。生々しい暗殺シーン。
訴え、問うドラマやメッセージ性も。
国の未来の為とは言え、国家転覆を図った彼らは、テロリスト。
そんな彼らをヒロイックに描くのではなく、罪人としてのその最期。哀しき末路。五社監督の“滅びの美学”。
利用され、裏切られ、切り棄てられ…。
そんな中でも友と話した夢があった。
いつの日か、農民も侍も殿様も平等な世界が来る。
いや、それこそが、この国の未来だ。
夢物語? いいじゃないか、そんな夢を見て。信じて。
今のこの国は、そんな夢見た世界に、未来になったか…?
以蔵よ、今の日本をどう見る…?