裸の島(1960)のレビュー・感想・評価
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先祖の暮らし
新藤兼人監督(1912-2012)の作品を初めて観たのは、たぶん「一枚のハガキ」(11)だったと思います。99歳、49作目の作品は遺作となってしまいましたが、この作品に込められた監督の反戦への思いは非常に重いものがあります。「私が生き、仕事を続けてこられたのは、突き詰めていくと94人の犠牲のおかげであると、私はそのことをいつか言わなきゃならないと思ってきました。今まで言えなかったこの事を最後の仕事として映画を作ろうと思ったわけです。今回、それが果たせて本当によかった。」本当に信念の人だと思います。「裸の島」は、タイトルからして不思議ですが、台詞を排し、映像と音、音楽だけでぐいぐいと迫ってくる作品でした。単調なシーンが延々と続くことにも当然意味があって、小さな島暮らしの貧しさ、厳しさがひしひしと伝わってきます。片時も休まず働き続ける両親と親を助けるために奔走している兄弟には、ゆっくり団らんという場面もありませんが、家族の温もりが十分に伝わってきました。自分には島暮らしの経験はありませんが、遠い先祖がこれに似た経験をして、そのお陰で今の生活があるかのような気持ちになりました。
凄いな、この尖り具合
さようなら 昭和百年特集 で鑑賞
瀬戸内海の水もない小島でへばりつくようにたった4人で生きる家族の日々を淡々と描いた新藤兼人さんの脚本・監督作です。この作品の大きな特徴は、鳴き声や笑い声以外には台詞が一切ない事です。脚本家である新藤さんが台詞のない映画を作るのですから、その尖がり具合に驚かされます。
家族が住む島は本当に小さく、地面の殆どが耕されて農地になっています。しかし水がない為に、伝馬船を漕いで水のある地から汲んで来ます。世の中にはテレビが出始めた時代の様ですが、島には電気もガスも勿論ありません。なぜそんな島に暮らしているのかの説明もありません。ただ淡々と生を紡ぐのです。それが全く会話がないまま描かれます。でも、生きる事の素の姿を言葉で隠さず表そうとするとこうなったのでしょう。「言葉から遠い所で佇んでいたい」という『旅と日々』の言葉を思い出した。
この時代にこの先鋭性は凄いな。そして、乙羽信子さんの気丈さが美しいな。
観終わった時、この一家の人生を共有していたことに気付かされ、圧倒的な感動に包まれていた
もちろん裸で暮らしているわけではない
何もない極貧の離れ小島という意味
同時にそれを何ら装飾もなくありのままに撮影するという意味でもある
ならばドキュメンタリーで良いでないか?
何ゆえに俳優が演じるのか?
本人か地元の素人で良いのではないのか?
そもそも何ゆえに台詞がないのか?
本作のテーマとは一体何なのか?
監督は一体何を語ろうとしているのか?
こういった疑問がいくつもぐるぐると渦巻きながら、離れ小島に暮らす極貧の一家の厳しい日常を、この台詞のない映画として私達は追体験していく
単調な重労働だけの日常に会話はない
単に繰り返されるだけだ
そこには交換されるべき情報というものはない
よって、言葉もないのだ
子供ですら言葉を発しはしない
ではドラマはないのか?
そんなことはない、ドラマはある
ハプニングが起こり一家の楽しい思い出が作られるシーンがある
とても悲しい事件も起こる
それゆえに俳優が必要だったのだ
絶対に演技力を持った本格派の俳優でなければできないドラマがあるのだ
ではなぜ台詞はないのか
効果音はある、音楽もある
だからサイレント映画ではない
だかサイレント映画の技法に近い
しかも字幕もないのだ
ヒッチコックの言葉
良い映画なら、音を消しても観衆は何が起こっているかはっきりと思い描くことが出来るだろう。
明らかに会話がなされているはずのシーンも幾つかあるが台詞はない
映像で解決済みであるから不要としてそぎ落とされていたのだ
見事な撮影と脚本と演出だ
低予算ではあっても、本作に空撮は絶対に必要で無ければならないとの判断が下されているのだ
そしてそれは冒頭とラストシーンで素晴らしい効果を揚げているのだ
観終わった時、私達はこの一家の一員となっている
この一家の人生を共有していたのだ
圧倒的な感動に包まれている自分に気付くのだ
涙すら滲むだろう
淡々と続く日常と家族の絆
あの坂を水桶持って登るのか?
これはまた評価の難しい作品ですね。 映画の背景は描かれてませんが、...
絶対にお勧め。観てください。
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