「人生は離れてみると可笑しくて、愛おしい」アメリカン・ビューティー Ana-phylaxisさんの映画レビュー(感想・評価)
人生は離れてみると可笑しくて、愛おしい
一見すると平凡で何の変哲もないアメリカの住宅街、中流家庭。
その青い芝生の向こう側には様々な欲望、秘密、孤独がひしめいているというお話。最後にはある事件が起き、主人公は亡くなってしまう。
その引き金をひく些細な契機となったのは、引っ越してきたお隣さん。閑静な住宅街、並木の街道…
完全にドラマ『デスパレートな妻たち』の下敷きとなった作品である。デスパの原作者マークチェリーは同性愛を公言しているが、ゲイにとって本作の与える衝撃は小さくないだろうと想像する。
最後、主人公の心に何が起こったのか。娘の友達に欲情し、枯れた心が舞い上がってハッパにハマり、会社も辞め、女の子に気に入られるため肉体改造に励んだ。
しかしいざその時になって彼女が「実は処女なの」と打ち明けると途端に勢いを失う。一つの真実に気づいたのだ。
自信に満ちた様子で、経験豊富と自称する、完璧な容姿の若い娘でさえ、ありのままでは生きていない。弱さを抱えているのだと。
幻想を投影していた存在の内面に触れた時、男は我に返る。
綺麗に庭の手入れをする完璧な奥さんも、奔放に生きる完璧な美少女も、人々が羨む象徴だ。しかも両者ベクトルが真逆なだけで、根は全く同じ。
人目を意識して嘘を演じている。ありのままの自分に耐えられないから。
そんな自分を内心分かっているから、美少女は同族の奥さんを嫌い、自分は退屈な女だけにはなりたくないと言うが、親友の彼氏から「君はうんざりするほど平凡な女だ」と見抜かれ自暴自棄になる。
更には厳格な父親、硬派な男を絵に描いたような軍人のお隣さんが本当は…彼のコレクションのナチの皿はタブーの象徴で、真のタブーを隠すための脆い蓋だった。
「尊敬出来る父親が欲しい」と羨んでいた主人公の娘が真実に気づくのは遠くないだろう。
「庭の手入れをする妻の剪定バサミとガーデンシューズの色がピッタリ同じなのは偶然じゃない」という一節がとても気に入った。私もきっと揃えると思う…そんな実用品、ましてや家庭内のものまで見栄えを意識する虚栄心の強さにうんざりということなのだろう。
それでも主人公は最期に、そういった人の弱さに気が付き、素朴な愛情を感じたのかもしれない。
ちなみにアメリカン・ビューティーというのはバラの品種名で、人々の欲望を象徴するモチーフなのだと思う。