「トラウマになりそう」東京暮色 Raspberryさんの映画レビュー(感想・評価)
トラウマになりそう
情報量たっぷりのハリウッド映画に比べると、小津安二郎の映画は情報量が少なく、そのかわり、どこを切っても完璧だ。いつまでたっても古くならない。
厳格な構図(俳優も完璧な小道具の一部)と反復される緻密なショット。その完璧主義には狂気すら感じる。
小さなカメラを通して、その「完璧な美」で世界全体に対抗しているような小津安二郎を私は愛して止まない。
永遠の別れ。小津は,常に夫婦や親子の一方を失わせることによって家族というものを描いたが、本作の別れは、人間が人間の社会から追放されるとは何かということを含んでいた。
明子は自分を東京のゴミのように感じている。
母を知らずに育った孤独を他のもので埋めようとしても魂は立っていられない。
ズベ公、お嫁に行けない、汚れた血。男子の死、ギャンブル、無責任。下劣なセリフ。
男女の役割が明確で、大衆心理が世の中のすべての決定権をもつ社会。踏切の「金鳳堂メガネ」の看板の目が怖い。
社会が敷いたレールの上で、真に自立した精神を持つことが難しいのは現代も同じ。
オープニングの露地の呑み屋。「露」は露出すること、何かが内から外へ露れる(あらわれる)ことをいう。夜露や露地が印象的。
「正」から「負」に転落したものとして世の中に晒されるようなイメージを感じた。
家族の血縁意識は強い一方で、「自己」と「非自己」の関係の冷たさが浮き彫りになる。
ラストに、お手伝いさんは出てこなかった。かつての「お手伝いさん」という身近な他者はもういない。
戦後民主主義の空気感が漂う。
ダーク過ぎてトラウマになりそう。
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