「原作を大胆に改変」点と線 松井の天井直撃ホームランさんの映画レビュー(感想・評価)
原作を大胆に改変
映画の冒頭。男女が綺麗に仰向けに横たわる心中事件から始まる。そして、映画のラストはやはり男女がもがき苦しんだ後が残る、うつ伏せ状態での心中事件で閉じられる。
原作は松本清張による、日本の推理小説史上に残る傑作中の傑作。
時刻表を使ったアリバイ工作は、九州から北海道に及ぶ広範囲に渡り、その後のトリックを使う推理小説のお手本になった。
あまりにも原作自体が優れ、更に世間からは内容自体が知れ渡っている為に、これを映像化するに及んでの脚色は逆に難しかったのではなかろうか。
脚本を担当したのは井手雅人。
元々、九州の叩き上げの苦労人鳥飼刑事が、些細な疑問を調べ上げた《点》は、やがて本庁の若手熱血感三原刑事の執念の捜査によって《線》となって繋がる。
それを原作では、2人の刑事がお互いを尊敬しあう様な往復書簡によって、犯人側の心理面を含めた詳細が明らかになる手法が取られ、最後には読者が「なる程そうなのか!」と思わせる読み応えになっている。
それなのにこの映像化では、映画の前半部分はほぼ原作通りなのですが、途中からは犯人側の捜査斑に対する思惑等を詳しく描いている為に、推理小説を読む際に「一体誰が犯人なのか?」と読者が楽しむ要素をばっさりと捨て去ってしまっている。もう企画そのものが、「誰が犯人なのかは、分かり切ってて充分…」と言った感じで動いている。
それだけに、公開当時はおそらくかなり叩かれたのではないだろうか?
何故なら、原作が一番優れている部分である、最後を結ぶ鳥飼刑事の三原刑事に宛てた往復書簡の推理で明らかになる、犯人の悲しい人生がすっぽりと抜け落ちてしまうのだから…。
実際に私自身も、映画を見始めて暫くは「これ!まじかよ…」と思って観ていたのですが…。しかし、映画が進むに連れて段々と「これもありなんじゃないかな…」と思い始めて来た。
それは犯人側の山形勲の冷酷非情な行動の見事な演技力を筆頭に、上司にあたる三島雅夫の慌てふためき振り。
そして何と言っても、この殺人計画とアリバイ工作を思い付く“その人物”。
映画の中でこんなセリフが有る。
「○がいしなければな!」
おそらく原作の中には取り入れられていなかったと思われるこの一言。
この時この一言を言われてしまった“その人物”のその悲しい人生の悲哀と、長い期間心の中にくすぶり続けていた確執・愛憎の想いが、画面上に映像によって分かり易く提示されるこの構成によって、原作よりもより浮き上がって来ている様に思えるからです。
出演者の中では山形勲は勿論素晴らしいのですが、鳥飼刑事役の加藤嘉はまさに原作にぴったりのイメージ通り。
しかし残念だったのは、三原刑事役の南広ですね。
観ていてあれでは、意地になって犯人側を逮捕しょうとひたすら躍起になっている感じにしか見えず。原作の持っているベテラン鳥飼刑事の想いを“点と線”で繋ごうとする意識が見えて来ない辺りはちょっと…と言ったところ。
サスペンスミステリー物としては、その娯楽性を含めていずれ見直されるべき作品かと思いました。