「オールドレンズよ永久に」近松物語 KIDOLOHKENさんの映画レビュー(感想・評価)
オールドレンズよ永久に
一つひとつのエピソードは淡く、ストーリー展開もゆるやか。さらにワンシーンごとの描写が非常にじっくりしているため、上映時間は102分でありながら、もっと長く感じる。溝口健二の作品はだいたいそうだ。『雨月物語』『西鶴一代女』も同じようにテンポは遅いが、その中では本作が最も短く、物語も比較的整理されていて、まだ観やすい方だろう。
ただし、ストーリーを追って「楽しもう」とする映画ではない。むしろ「映画という芸術が持ちうる表現」を味わう作品である。二時間を切る長さではあるが、途中で一度休憩を入れて観るのも悪くないかもしれない。
本作の芸術的な素晴らしさの一つは「セット」にある。溝口はセットに徹底的にこだわり、巨額の費用をかけて緻密で重厚な舞台を作り上げた。黒澤明が「日本で初めてセットに本気で取り組んだのは溝口だ」と尊敬を込めて語ったのも納得できる。
もう一つの魅力は「カメラ」だ。溝口はセット作りに力を注ぎすぎたのか、カメラワークについてはほぼすべて宮川一夫に任せていたという。結果として、この映画はまるで宮川一夫の作品のように、全てのカットが美しい。
現代では残念ながら、こうした映像はもう撮れない。なぜなら当時使われたような「味わいのあるレンズ」が現代では作られていないからだ。今のレンズ市場は「いかに明るいか」「いかにスペックが高いか」といった基準ばかりで競争しており、味わいや奥行きを表現するための開発はほとんど行われていない。かつては「レンズの面白み」こそが商品価値だったのに、今は大衆に迎合する形でその精神が失われてしまった。
そうした時代背景を考えると、この映画に刻まれた映像は、単なる物語映画ではなく「二度と再現できない芸術の記録」としての価値を持っているのだ。