「タイトルなし(ネタバレ)」白い巨塔(1966) まゆうさんの映画レビュー(感想・評価)
タイトルなし(ネタバレ)
原作既読。
個人的には、財前五郎が裁判に負け、癌が発覚し、亡くなるまでを描いた第二部がある原作が大好きで、田宮二郎バージョンも当時かなり期待して鑑賞したのですが、どうしても物足りない…という感想に。山崎豊子はそもそも田宮二郎版の通りに物語を終わらせるつもりだったけれど(現実世界は弱者は泣き寝入りで医者は権力闘争に忙しいので、そのままを描きたかったらしい)、大勢の読者からの熱烈な要望に応える形で第二部の連載を開始したと聞いています。荘厳なアメイジンググレイスが鳴り響く中、カタルシスと共にうやうやしく結末を迎えるところは、ちょっと感傷的な感じもあり、時代劇的な、溜飲を下げるような結末で、より大衆向けと言えなくもないのですが、私は唐沢寿明バージョンの方が好きです。
何と言ってもこの白い巨塔、財前五郎という人間がこんなにも魅力的に描かれているという所に、私は最も山崎豊子の凄さを感じます。
自分や家族の主治医が財前だったら丁重にお断りしますが、小説の主人公としてはどうしても彼を嫌いにはなれない。彼は人としては明らかに間違っているけど、財前五郎としては決して間違っていないのです。彼は自分自身に正直で、欲しいものは全力で獲りに行く人です。苦労して医者になり、野心に燃え、その反面で母親に楽をさせてやりたいと思う心を持ち合わせ、手術の腕前は右に出る者はおらず、多くの患者をその手で救いながら尊大で、人として最も大事なものが欠落して、医者にあるまじき罪深い間違いを犯す。そして最期は自分も病魔に犯され、死んでいくのです。こんなにも人間臭い男が、一体どこを探したら他にいるでしょうか?私は彼が憎いような、仇のような、それでいて、ただ愛しくてたまらないのです。…冷静に見たら酷いクズっぷりなのに、不思議です。
また、医療業界の権力闘争の行方が非常に面白い。魑魅魍魎の蠢く世界を読者に見せながらぐいぐいと話を引っ張っていく力に圧倒され、里見助教や、関口弁護士などの存在がキラッと光り輝いて、読者の心を強く打ちます。
田宮二郎版は、だいぶ前に鑑賞したので、また改めてじっくり見たいです。「白い巨塔」は、これからもずっと私の本棚に。古本屋に行くことはありません、私のバイブルみたいなものです。原作をまだ読んでいない方はぜひ試してみて欲しい、まるで彼女に何か憑依したかと思わせるほどの迫力です。取材、勉強、さぞや大変だったろうなというのはもちろんですが、この作品を描き切るという超人的エネルギーが凄まじい。エネルギーが迸っています…!!もう我々は作品の前にひれ伏すしかない。本当に素晴らしいです。