庄助武勇伝 会津磐梯山

劇場公開日

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解説

「清水港に来た男」の小国英雄の脚本を、「水戸黄門(1960)」の松田定次が監督した明朗時代劇。撮影も「水戸黄門(1960)」の川崎新太郎。

1960年製作/90分/日本
配給:東映

ストーリー

会津若松、その郊外一箕村の郷頭に、小原庄助という郷士がいた。唄のごとく、朝寝、朝酒、朝湯を励行して家産を傾け日々の平和を楽しんでいる傑物だった。ところが、庄助の平和を破る出来事が持ち上った。藩主松平容保が庄助の人物を見込んで秀安寺の透関和尚を通じて出仕を命じたのだ。駒田主水、天野忠兵衛という二人の居侯をかえかこんだ庄助は、始めて宮仕えの決心をした。信姫の武術指南役を命じられた。が、庄助はぶざまにひっくりかえった。庄助は女が近づくと震いを起すという奇病の持主だった。今度は南山口にある下屋敷に出没する化物退治を命じられた。庄助は、一つ目小僧、三つ目小僧をキリキリ舞いさせた。容保は庄助に若松城内に潜入してきているという幕府方、勤皇方の密使たちの目付役を命じた。庄助の窮状を救わんものと小原家の名器を筒井屋に売りつけようとした主水、忠兵衛はかえって一パイくわされた。その腹いせに筒井屋にインチキ大砲を売りこんだ。大砲の試射は大失敗となった。折角任ぜられた目付役の重責を果しえぬ自責に耐えられなくなったので、庄助は切腹するといい出した。その時、主水、忠兵衛の二人が思わぬ告白をした。主水は久世大和守の密使、忠兵衛は薩長方の密偵だったのだ。更に、化物を出没させ人を近づけぬようにしたのは武具奉行長阪将監であり、老中久世大和守と通じて、信姫を人質とし滝沢峠から国境をこえるというのであった。これを聞いた庄助は、今は庄助の人格に感化され改心した主水、忠兵衛を引き連れ、滝沢街道の荒れ寺へとんだ。庄助一世一代の剣の舞い“底無し沼”の構えは冴えた。

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