「前作『櫻の園』で女子高の演劇部を描いた中原俊監督が、本作では【演劇自体をまるまる、そのまま映画化】した実験的な野心作。」12人の優しい日本人 矢萩久登さんの映画レビュー(感想・評価)
前作『櫻の園』で女子高の演劇部を描いた中原俊監督が、本作では【演劇自体をまるまる、そのまま映画化】した実験的な野心作。
新文芸坐さんにて『中原俊の愛いとおしき作品たち』と題した特集上映にて『櫻の園』『12人の優しい日本人』の2作品連続上映。
上映後『櫻の園』には中原俊監督・中島ひろ子氏・梶原阿貴氏・シネマ・ボンクラージュ代表 藤井秀男氏、『12人の優しい日本人』には中原俊監督・相島一之氏・豊川悦司氏・藤井氏の豪華で貴重なトークイベントも実施。
『12人の優しい日本人』(1991年/116分)
前作『櫻の園』で女子高の演劇部を描いた中原俊監督が、本作では【演劇自体をまるまる、そのまま映画化】した実験的な野心作。
映画化に適した演劇作品を企画のじんのひろあき氏と探し回ったあげく出会ったのが、三谷幸喜氏が主宰する劇団・東京サンシャインボーイズのために書き下ろした本作。
三谷幸喜氏はじめ、相島一之氏、豊川悦司氏、塩見三省氏、梶原善氏を知るきっかけになったのも本作ですね。
映画化に際して、三谷幸喜氏もじんの氏も映画用にリライトすることを監督に提案したそうですが、舞台脚本の完成度の高さを評価して一切改変せず、舞台脚本をそのまま生かしたようです。
制作過程も映画では異例の全キャストにクランクイン前に1ヶ月間のリハーサルをお願いしたそうで、豊川悦司氏は結局スケジュールが合わずに降板するキャストの代役で決まったそうです。
また本作の良さは互いの台詞が被るぐらいの高速テンポの台詞の掛け合いですが、実は公開当時は120分以内におさめなくてはならない業界の暗黙ルールがあったようで、監督から1.5倍ぐらいの早さの演技を求めたそうです。怪我の功名ですね。
ストーリーももちろん当時は日本に陪審員制度はありませんでしたが、シドニー・ルメット監督、ヘンリー・フォンダ主演『十二人の怒れる男』(1957)へのオマージュとしながらも、老若男女、様々な職業や生き様や思想も違う個性豊かな12人の陪審員が、日本人らしく他人の意見に流されたり、自分のエゴを押し付けたりしながら、次第に事件の真相、トリックを暴いていくプロセスが実に痛快で抱腹絶倒。
35年経った今回の上映でも場内ドッカンドッカンの笑いが絶えまなく起きていました。
加えて、評決が終わり一人ひとりノーサイドで退廷するラストシーンは「優しい日本人」の題名通りで涙腺崩壊、ホロリとさせます。
三谷幸喜氏も本作をきっかけに自身も『ラヂオの時間』(1997)で監督デビュー。
もし本作で映画用に脚本を書きなおしたら、以後の三谷監督の作風にも大きな影響があったかも知れませんね。
映画化に際して、三谷幸喜氏もじんの氏も映画用にリライトすることを監督に提案したそうですが、舞台脚本の完成度の高さを評価して一切改変せず、舞台脚本をそのまま生かしたようです。
制作過程も映画では異例の全キャストにクランクイン前に1ヶ月間のリハーサルをお願いしたそうで、豊川悦司氏は結局スケジュールが合わずに降板するキャストの代役で決まったそうです。
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ヘェ〜、そうだったんですかぁ
それはそれは、プチ情報、
ありがとうございます。
おもしろかったなぁ〜、
本家を見たら、次にこっちも見たくなるんですよねぇ。
おまけに、ロシア版とか、テレビドラマ版とか
^_^