「その人の全存在を受け止めて愛するということ」さびしんぼう あき240さんの映画レビュー(感想・評価)
その人の全存在を受け止めて愛するということ
前半は無邪気な16歳の少年の世界
ゆえにドタバタコメディ然とした面白おかしい毎日がつづいていることが描かれます
しかし後半は百合子との接点を得てから、ヒロキが大人になりつつある日々はすっかりセンチメンタルなトーンにかわります
その前半と後半の目一杯に振り切った対比は後半のセンチメンタルさをより盛り上げています
まさに心の状態ひとつで世界の見え方がすっかり違ってしまう
そのことの映画的表現です
そこを大林監督は観なさいといわれだのだろうと思います
藤田弓子が演じるもうすぐ42歳になる母タツ子
すっかりどこにでもいるオバサンです
そんな彼女にも16歳の少女時代はあったのです
忘れられない永遠の恋
成仏しない恋慕
あなたの母や、友達の母、道ですれ違う知らない中年女性にもそんな思い出が心の奥底に封じ込められているのではないでしょうか?
そしてラストシーンのようにあなたもすっかり大人のオジサン、オバサンになって、すっかりそんなことは忘れていても、アルバムが棚から落ちてバラバラになった古い写真を見返した時、16歳の日々を振り返えれば鮮明にその頃の素敵な思い出が蘇るのかも知れません
あなたが好きになったのはこっちの顔と百合子は右顔を差します
そういえば彼女の左顔が撮されることは無かったのです
ラストシーンで初めて左顔が撮されます
父の風呂に浸かりながら話す言葉
その人の喜びの悲しみも、昔の素敵な思い出も全てをひっくるめて好きになりさい
それができたなら左顔もひっくるめてその女性の全存在を受け止めて愛することができるということなのです
父はヒロキの名前も、ショパンの別れの曲も、子供に口喧しく勉強しろという理由も何もかも分かっていて全てを飲み込んで母を愛しているのです
自分はそんな大人になれたのだろうか?
あなたはなれたのでしょうか?
その奥の部屋でピアノを弾く少女の左側は良く見えませんが、次のカットで右顔が大きく撮されます
彼女もまたいつの日にか左右の両方の顔を愛してくれる男性が現れることでしょう
ピアノのオルゴールがあったのは、もしかしたら百合子と結ばれたのかも知れませんし、そうで無いのかも知れません
その終わり方もまた味わい深い余韻でした
やはり名作です