「誰かが居なければ理想は実現出来ぬ」座頭市牢破り 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
誰かが居なければ理想は実現出来ぬ
シリーズ16作目。1967年の作品。
賭博も無いつまらぬ村に来てしまった市。
悪代官と結託して唯一賭博を仕切る悪徳親分の元で厄介に。そのお世話の礼として、村のもう一人の親分・朝五郎の元へ使いに。しかし実はこれ、揉め事を起こそうとする悪徳親分の罠であったのだが、大事には至らず、朝五郎の百姓を大事にする人柄に惚れ込む。
村にはもう一人、百姓と共に農業に生きる元藩士・大原がおり、剣の道の虚しさを諭す。
が、いよいよ両親分の対立は避けられなくなり、市は朝五郎を押し留め、悪徳親分を斬り、何処へ去る…。
それから数ヶ月後、剣の道から離れ、卑しい按磨の世界で生きていた時、朝五郎に関する信じられない話を聞く…。
勝プロダクション第1回作品。
その並々ならぬ意気込みは開幕から伝わってくる。だって、メインタイトルよりも前にデカデカと“勝プロダクション”!
作風もこれまでと違う。これまではどちらかと言うと、B級娯楽活劇、スター俳優によるプログラム・ピクチャー。
しかし本作は、監督に社会派の名匠・山本薩夫を迎え、重厚な人間ドラマのタッチ。人の二面性、非暴力、百姓の奮起を訴える。
スカッとするような居合シーンも無い。流血などの暴力描写。
宮川一夫によるリアルで重苦しく、拡張高い映像。
再び村に戻ってきた市が見たのは、信じられない光景。
田畑は干からび、百姓は苦しみ…。
あの尊敬に値する朝五郎は悪徳親分になっていたのだ…。
さらに悪代官と結託し、邪魔な大原までを排除しようとしていた…。
演じるは、三國連太郎。
前半と後半の別人のような演じ分けはさすが!
三國と勝新の二大スター共演、二人が同じ画面に映るシーンだけでも超贅沢!
周りも名優揃い。
前作『~鉄火旅』は東の“水戸黄門”が出演していたが、本作は西の“水戸黄門”。西村晃がネチネチした悪代官。
鈴木瑞穂は“先生”と呼ばれるに相応しい人柄。
何が朝五郎を変えたのか。
劇中詳しくは描かれない。
が、あれこれ憶測は立てられる。
対する相手が居なくなり、縄張りを広げられるようになった。
それ故権力者から力を与えられるようになった。
自分の中から、卑しく醜い欲が滲み出始めた。
本人は悪代官の元で仕方なく“二足のわらじ”を履いたと言ったが、本当の顔は卑しく醜い方だったのかもしれない。
市に必死に弁明する。
市は見逃す。
その直後、子分を率いて命を狙う。
機転を利かして命拾いした市は哀しくも朝五郎を斬る。
その時の朝五郎の絶叫と絶命の顔…!
百姓と共に大原救出に向かう市。
敵を居合で斬る。
それを見た大原は…
「また大地を血で染めたな…」
しかし市は…
「あなたが居なければ…」
非暴力。大地に根を張って生きる。
理想だ。
でも、その理想を実現する為には、誰かが血を流し、犠牲になる。
百姓や堅気の人たちが理想を実現させ生きていけるのなら、あっしは剣を持った道を行きやす…。