「黒部の太陽とは、本当は何か?」黒部の太陽 あき240さんの映画レビュー(感想・評価)
黒部の太陽とは、本当は何か?
突き抜けた傑作です
星10個必要です
間違いなく日本映画の最高峰のひとつだと思います
本作が日本映画オールタイムベスト200にはいっていないことが理解出来ません
長らく幻の作品となっていたことが原因なのかも知れません
しかし数年前にDVD化されているのですから、容易に家庭で鑑賞できるようになったのです
本作の価値が広く知られるようになり、正当な評価が与えられることを願います
休憩付き3時間オーバーの上映時間もネックになっていたのかも知れません
しかし一旦観始めたら、あっと言う間に感じられるのです
長時間で退屈なんてことは少しも感じることはないのです
終盤でのトンネル開通のカタルシスは物凄いものがあります
そして観終わったあとの深く大きな感動と満足感と余韻
何もかも圧倒的です!
本作は黒部ダム建設の映画です
主にそのダム本体の建設の為に絶対に必要なトンネルの掘削の苦難の物語です
でもただの土木工事のドキュメンタリーではないのです
幾重にもテーマが重層しているのです
文明による自然破壊とその調和
戦争時中のやり方と戦後の復興の在り方の違いとは何か
父と息子の相克と和解
父と娘の愛情
仕事と家庭
困難なプロジェクトの中での恋愛
リーダーとは何か
仕事のプライドとは何か
大衆とインテリの関係
インテリの責任と責務
現場の人間の気概とプライド
前半の山場はもちろん有名なトンネル内の大出水のシーンです
想定した以上の流出となりまかり間違ったら人命に関わる程の撮影事故です
しかし撮れた映像は本物の事故の迫力、本気で逃げ惑う俳優達の姿です
こんな映像は後の海外のパニック映画にすら勝る迫力があります
しかし本当のクライマックスは何か?
自分には施主の社長と施工会社の専務が双方臨席での対策会議と、会議終了後の夕刻の座敷のシーンだと思いました
関電の社長が目の覚めるような判断を下します
突破する方策があるなら、費用が幾らかかっても構わない、金で解決できるならそれは私の仕事だよと言うのです
足らなければ何億でも出しますと
そして続く座敷のシーン
会議は散会したのに問題の工区施工会社の専務達は関電の社長から呼び止められて、夕刻の座敷に場所をかえてのシーンです
先に到着していた施工会社の専務はその本音を関電側の幹部に漏らします
「仕掛けを大きくすれば幾らか気休めにはなるでしょう」と冷笑するのです
無理なものは無理だと適当にやり過ごす腹です
しかしそこに関電の社長が現れ、座布団にも座らず畳に頭を擦り付けて協力を願うたのです
施主の社長が、施工会社の専務にです
しかも天下の関西電力の社長がです
驚天動地の有り得ない事です
それでも適当にごまかそうとされるのをさらに食い下がって頭を下げるのです
戦後直ぐに二人も子供を失った話をして、もう失うものはないと、プライドを捨てたのです
そして遂にはこう熊谷組の専務に言わせるのです
もう、やけくそでやりますわ!
この一言のでるまでの約1分程、無音でカメラが座敷にいるそれぞれの顔を長回しで次々に捉えていく息詰まる圧巻のシーンでした
こんなリーダー達がいたからこそ、日本は戦後の復興を遂げ、高度成長を成し遂げたのだと分かる感動のシーンでした
巨額のプロジェクトの推進に関わったことのある人なら、このシーンがどれほど凄いことか分かると思います
結局、このシーンで決まったシールド工法の12月導入は無駄に終わるのですが、それは対策会議で関電社長がこう言っていたのでした
「仮に不要なったところでなおのこと結構じゃないかね」
こんなこと普通の社長は絶対言いません
下請けの岩岡組の頭の源三のキャラクターも素晴らしい
今では有り得ないようなパワハラ、ブラックのオンパレードです
しかしこれもまた現実です
このような仕事へのプライドと情熱は、建設業界に関わらず、いまの現場にはもうないのかもしれません
大量の登場人物のどれかに、誰しも自分を投影してしまうと思います
黒四ダムのような巨大建設は今後もあるでしょう
困難さでいえば福島の原発撤去工事はこのダム工事に勝るかも知れません
建設業界だけだはなく、IT 業界だって黒四ダムはあります
某メガバンクの新基幹システムは難工事に次ぐ難工事で、本作の破砕帯よりも難工事だったかも知れません
犠牲者こそ本作のように銘版に名前を刻まれることはなくても、何百人もの優秀な人達がすりつぶされ、身体や精神を壊されたことと思います
どんな業界にも黒四ダムはあるでしょう
その時あなたは、本作のどの登場人物であるのでしょうか?
破砕帯にぶつかった時、あなたはどのような行動をとるのでしょうか?
黒部の太陽
それは冒頭に写される黒部峡谷の真っ赤な太陽そのものではないのです
太陽とは、破砕帯を突破して巨大プロジェクトを完遂させた人々の血と汗とプライドです
それが真っ赤に燃え上がっていたからこそ、黒四ダムは完成したのです
それこそが本作のテーマなのです
カメラが抜群に素晴らしい
後の木村大作カメラマンが悔しがるような、本当に目の覚めるような映像が撮れています
日本映画の域を遥かに超えてデビッドリーン監督作品の映像に迫る程のものです
雄大な山岳の光景だけでなく、薄暗いトンネル工事現場、会議室、病室、ありとあらゆるシーンで照明とカメラのみごとな仕事ぶりにも感嘆するはずです
特に暗いトンネル内からトロッコが明るい出口に差し掛かると画面が白くつぶれていくシーンは感動する映像です
さすがの熊井監督も2回も使うほど気にいったようです
1982年の海峡は青函トンネル工事の映画で、木村大作カメラマンは本作をかなり参考したのがよくわかります
このトンネル出口の白つぶれの撮影は海峡でも木村大作カメラマンが再現してみせています
しかし本作を上回ってはいません
トロッコを左右に分かれてやり過ごす黒いシルエットの作業員達が海峡には写り込んでいないのです
これの有る無しで全く似て非なるものになるのです
そして黛敏郎の格調ある音楽がこの雄大な物語をさらにスケールを大きくしています
音響も素晴らしい当時としては最高のものです
大出水のシーンでの地鳴りで我が家のAV スピーカーが超久し振りにビリビリと振動したほどです
なるほど、これこそ劇場で観たくなる映画です
DVD で簡単に鑑賞できるようにはなりましたが
、是非ともスクリーンで上映する機会を作って頂きたいものです
専属俳優を、映画会社に縛り付けていた五社協定を公然と反旗を翻して撮影されたということろにも日本の映画の歴史に画期的意味があると思います