劇場公開日 1982年9月18日

「無作為な球磨子」疑惑 津次郎さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0無作為な球磨子

2025年6月4日
PCから投稿

白河(鬼塚)球磨子は多額の保険金をかけた夫と海へ車ごとダイブし自分だけ脱出して保険金殺人を疑われる。その疑惑を解き明かしていく係争と人間模様が描かれる。
原作とは設定や筋が異なるそうだが、映画では希代の毒婦球磨子の悪逆無道を描くのが狙い。球磨子を桃井かおりが演じた。

球磨子という人物は意識的な悪ではなく無意識な悪で、悪で出来ているから悪意が見えない──という謂わばnatural-bornな悪女を桃井かおりが演じている。
役に合わせた演技をするのではなく、内側から顕現させるのが桃井かおりのメソッドだと思う。鷹揚な態度、たどたどしい声音と抑揚、上目遣いなどが擦れっ枯らしな球磨子像の外貌をつくった。

そこに人たらしが加わる。
桃井かおりでもっともよく覚えているのは幸福の黄色いハンカチのワンシーン。
武田鉄矢にナンパされた彼女は、高倉健と三人で車旅を続けるが、途中で車が干し草につっこんでやむなく近くの民家に泊めてもらう件がある。一宿一飯にあずかったその家で、桃井かおりがその家の子らと楽しそうにじゃれているシーンがあった。そのシーンはシナリオに予定されていたものではなく、たまさか子役らと息が合い、ふざけていたのがいい感じだったから撮り残した、という感じだった。ご覧になった方ならわかると思う。桃井かおりには人たらしな気配があり、初対面の子供とふざけるのは自然だった。独特な緩く鈍い気配がある人ゆえアンニュイやけだるさを言われる人だったが、じっさいは快活な人だという気がする。

このように芯からでる悪女値に人たらしが加わり、結果疑惑は桃井かおりの魅力に尽きる映画になった。
ちなみに疑惑はこの映画のほかに5回テレビドラマ化されているそうだ。
ウィキを見るとそれぞれの球磨子は、
いしだあゆみ
余貴美子
沢口靖子
尾野真千子
黒木華
──が演じていたが、桃井かおりには適わないだろう。という気がした。

ラストちかくで球磨子がつとめるクラブへ弁護をうけおった佐原律子(岩下志麻)が客としてやってくる。すこし話すとふたりは口論になり、律子が着ていた真っ白なスーツへ、球磨子が赤ワインをダラダラとこぼす。管を巻きながら無造作にこぼすのだが律子はまったく動じず眉ひとつ動かさない。お返しに球磨子の顔面に赤ワインを浴びせる。
無造作な桃井かおりと無反応な岩下志麻に圧倒されるシーンだった。他には、球磨子に食いつぶされる男を仲谷昇が演じて巧かった。

脚本を松本清張自身が書いた。映画には古さがなく個人的にはもっとも優れた松本清張の映像化であり、もっとも優れた野村芳太郎でもあった。

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津次郎
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