劇場公開日 1985年10月26日

「薄化粧とは言い方を変えるとあがきなのかも知れません」薄化粧 あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0薄化粧とは言い方を変えるとあがきなのかも知れません

2022年1月23日
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鑑賞方法:DVD/BD

五社英雄監督の宮尾登美子原作による高知三部作の公開年と主演男優は次の通り

鬼龍院花子の生涯 1982年 仲代達矢
陽暉楼 1983年 緒形拳
櫂 1985年 緒形拳

緒形拳の凶悪犯罪者三部作の監督と公開年は以下の通り

鬼畜 野村芳太郎監督1978年
復讐するは我にあり 今村昌平監督1979年
薄化粧(本作)五社英雄監督1985年

いずれも強烈な印象を残す犯罪者の役でした

櫂と本作は同じ1985年の公開ですが、櫂は同年1月、本作は10月の公開ですから櫂の次の作品となります

原作者は西村望
あの西村寿行の実兄です
弟の作家としての成功を見て自分の方が上手いと小説を書き出されたそうです

本作はこの作者の同名小説の映画化です
小説は昭和55年1980年の直木賞候補作品ですが残念ながら二位となり受賞は逃しています

本作のエンドマークのあとにでるテロップの通り実話をベースにしています

昭和25年、愛媛県新居浜市の山麓にあった別子銅山で同一犯によるダイナマイト爆殺事件、母子殺人事件が発生、さらにはその犯人が刑務所から脱獄して再逮捕されるまで長期間にわたった大事件のことです

本作では過去の映画のように緒形拳は高知弁を話していますが、実際の事件は愛媛県だったのですね

陽暉楼と櫂での緒形拳は女衒で特異な人物ですが凶悪犯でも極悪人でもありません
しかし観客は「鬼畜」と「復讐するは我にあり」でのイメージが強烈に焼き付いていますから、いつ豹変すらか分からない底なしの恐ろしさをもって緒形拳が演じる人物を観てしまうのです

そして、ついに本性を現した!というような感覚で、正真正銘の凶悪犯罪者を演じる緒形拳を本作で観る事になるのです

その凶悪な犯罪者であることを知りながら、彼を受け入れ抱かれる女を藤真利子が演じています

この藤真利子の配役が本作が成功した最大のポイントだと思います

実年齢30歳、まだまだ若いはずです
しかし美人であっても、もともと派手な顔立ちではありません
どちらかと言えば地味です
それをさらに化粧っ気もない素顔のようなメイクに抑えてあります
身体の線はか細く、肉感的なものは胸にも腰にもどこにも有りません
だからちえ本人はもう若くなし、男を虜にする魅力もないし気力もないと諦めきっているのです
同じ系統の容姿のようでも名取裕子のような女としてのプライドもないのです
博幸の女性を絵に書いたような風情なのです

しかし性的な雰囲気が無いかというとそれは違うのです
白い肌、細い腰、実際よりも小柄に感じます

このひとを自分がなんとか幸せにしてあげたい
ほんの一時だけでも笑顔にしてあげたい
そんな男の勝手な願望が鎌首を持ち上げてくる風情があるのです

なぜちえは坂根を凶悪殺人犯と知りながら、受け入れたのでしょうか?

彼女は坂根に薄幸な自分自身を見たのかもしれません
この人を一時だけでも幸せにしたいと
そのために自分が殺されたとしても構わない
むしろ殺されたかったのかも知れません
退職した刑事の言う菩薩の様な良い女性そのものだったのです

タイトルの薄化粧は、彼女と緒形拳の両方がそれぞれ終盤にします

男は単に逃亡を続ける為に
女は男を諦めないために

薄化粧とは本質は化粧で変えられないことを知りつつ
それでも少しでも自分を変えようとする行為
言い方を変えるとあがきなのかも知れません

緒形拳の冷血動物を思わせる目の光の色は見事な名演でした

浅野温子、大村崑は陽暉楼での好演で五社英雄監督のお気に入りとなったようです

実際の事件の犯人は、原作本が出版された1980年頃には、すでに十数年の刑期を終えて刑務所を出所していたそうです
もう老人となりはててその後は穏やかな生活を送っていたそうです

あき240