「設定もテーマもストーリーも混沌とした不思議な青春娯楽映画」上を向いて歩こう jin-inuさんの映画レビュー(感想・評価)
設定もテーマもストーリーも混沌とした不思議な青春娯楽映画
家庭の愛を知らないで育った二人の不良少年「九(坂本九)&良二(浜田光夫)」が主人公です。彼らはマブダチ同士ですが、鑑別所を集団脱走した後はそれぞれの道へ。
九は不良たちを集めて運送屋を営む面倒見のいいおやっさん、永井(芦田伸介)に拾われ、住み込みの仕事につきます。
永井運送にはみんなの食事の世話など献身的に働く聖母かつ寮母のような女子大生、永井紀子(吉永小百合)がいます。彼女はもらわれっ子という悲しみをひそかに胸に隠している女の子です。彼女のお陰で九は初めて家庭の味に触れます。
永井さんの次女、永井光子(渡辺トモコ)は小児麻痺で車椅子生活を送っていますが、医師によればもう身体は歩けるはず、歩けないのは心の問題だそうです。九は持ち前の明るさで心身ともに彼女をサポート。光子が立った!
良二はかねてから憧れていたジャズドラマー牧さん(梅野泰靖)の元へ。押しかけバンドボーイに収まります。でも師と仰ぐ牧さんはヒロポン&ギャンブル中毒でバンド仲間からも見放されてしまいます。そんなボロボロの牧さんですが、優しい美人彼女に救われ、田舎で再生を図ります。
やりたいことが見つからず運送屋でくすぶる九はドラマーという夢を持つ良二を眩しそうに見つめます。一方良二はドラムセットを手に入れるためには手段を選びません。親友である九を犯罪に巻き込もうとしたり、九の大事な軽トラを盗んだり。利己的で倫理感が破綻している男です。最後には九と殴り合いの末、仲良く「上を向いて歩こう」をみんなで合唱します。
永井運送には鑑別所上がりの男たちがたくさん住んでおり、住居はボクシングジムも兼ねています。血の気の多い彼らは気に入らないやつをリングに上げて集団リンチ。九も良二のトラブルに巻き込まれボコボコに。
いろいろ無茶な本作ですが、中でも最も無茶な設定の登場人物が、健(高橋英樹)です。超イケメンですが、金持ち父さんの妾の子であるという屈託を心の中に抱えています。そのせいで兄との仲も破綻し、家を飛び出し不良の道へ。その後永井運送で働いたりした挙げ句、現在はジャズ喫茶の用心棒兼違法賭博場のボスに収まっています。やってることはヤクザ顔負けですがヤクザではなさそう。なぜか恩人であるはずの永井をゆすったりします。そのせいで永井運送の若者衆たちと対立が深まります。しかもコソ勉して大学に合格します。その動機は兄貴と同じ大学に入って父に認めてもらうこと。お互いに実の親の愛を知らない永井紀子(吉永小百合)と出会い、いい感じになったりします。最後は永井運送軍団と抗争となり、ナイフを抜いて闘いますが、聖母紀子の仲裁で仲直り。みんなで「上を向いて歩こう」を合唱します。こうして書いてるだけで笑っちゃうようなメチャクチャな設定です。そして最後は取ってつけたかのような労働讃歌。
・ストーリーや設定など2の次3の次!
・イケメンとスターを出して、聖母役吉永小百合を出して、坂本九に歌わせればOK!
・ラストは乱闘からみんなで合唱ね!
・これからの映画は若者向けの娯楽だから!
・芸術なんて古い古いw
おそらく、本作の企画者である水の江瀧子はこんな指示をしていたのではないでしょうか。
そして監督の舛田利雄はそれを忠実に実行し、リアリティーもへったくれもない、勢いだけの本作を撮り上げました。「若者向け映画はイケメンと美女を出せばストーリーなんて適当でも客が入る」という悪しき前例を作ってしまいました。それは石原裕次郎やジャニーズへと引き継がれていきます。素敵な笑顔と歌声の、屈託のない戦後派スターたちが次々と現れ、屈託にまみれた戦中派の男たちは映画界からも忘れられていきます。屈託のない明るい笑顔代表の坂本九さんの隠された本心は、果たしてどうだったのでしょうか。人気者には人気者なりのつらさもあったのではないでしょうか。本作もせっかくの主役なのに、お人好しのせいかなんとなく添え物的な扱いに。R.I.P.