「清濁の世界で腐敗せずに生きること」稲妻（1952）　talismanさんの映画レビュー（感想・評価）

talismanさんのコメントを読ませて頂き、昔の演技と今の演技の違いを感じています。成瀬映画には、昔の日常の生活に観られた日本人の素直な言動がありますね。演技論で言えば、極普通の芝居ほど難しいものはありません。熱演とか力演も役柄に合っていれば素晴らしいですが、力が入っていない演技の時に、その役者の技巧と味があるものです。クラシック音楽で言うと、フォルティシモよりピアニッシモに、より技巧が求められるように。また背景のシンプルさとモノクロ映像によって、この役者の演技が今より引き立っているとも言えますね。その意味で成瀬映画は郷愁と女優の魅力の点で、今でも価値があると思います。「おかあさん」もいいですよ。女優全てに味があります。
現代の日本映画には役者が少なくなりました。また必要以上に感情を表すのがいい演技と思い込んでいる。生活のリズムもテンポも速くなっては目立つ演技が求められるのは仕方ないのですが、これは監督の演出力も関わって、簡単に断定はできません。

talismanさん、日本の巨匠監督は、其々に個性豊かです。溝口監督は俳優の全力投球の演技を求めて妥協しない演出法で、撮影時も満足しないと台詞も変えるので俳優は大変だったと言います。でも怖さより常に本物を追求する匠的なこだわりだったと思います。それでいて権威に弱かったり、人間らしい面もありました。国際映画祭でフランスに行った時、田中絹代とルーブルでモナリザの絵を観た時、急に泣き出したと言います。驚く田中絹代に、これ程の美しい絵を前に感動しないのはおかしい、あなたも泣きなさいと言った逸話があります。細かいところは記憶違いがあるかも知れませんが、この話を知って、私は益々溝口健二が好きになりました。純粋に芸術を愛していた映画監督でした。
成瀬監督は戦前からのキャリアが長く多作で、無駄の無い撮影で早撮りでした。職人肌の映画監督ですね。だから頭角を現すのが遅かったですが、無理せず早い仕事振りで俳優にも優しかったと想像します。

talismanさん、温かいコメントありがとうございます。
気に入られて良かったです。映画に夢中の21歳の時観て以来再見のチャンスが無いのですが、この時成瀬監督の良さを実感しました。1952年の日本映画は、黒澤監督の「生きる」「虎の尾を踏む男達」溝口監督の「西鶴一代女」木下監督の「カルメン純情す」小津監督の「お茶漬けの味」そして成瀬監督の「稲妻」「おかあさん」があります。淀川長治さんはベストワンに「生きる」を挙げて、飯島正さんが「稲妻」でした。私は「西鶴一代女」と併せて、この3本を生涯のベストに入れたいですね。
成瀬監督は俳優に無理強いしない演出でその良さを、特に女優さんのいいところを引き出しています。俳優に厳しかった溝口監督と黒澤監督、自分の美学に到達するまでしぶとくリテイクを繰り返した小津監督と、演出法が大きく違います。どちらが良いというのではないですが、成瀬作品の女優の演技は自然で、普通の日本人の姿を観ることが出来ます。この映画の高峰秀子も三浦光子も香川京子も良いですが、浦辺粂子の母親役も良いですよね。「あにいもうと」もお薦めします。
今は小津、黒澤、成瀬作品を追い掛けて観ていきたいと思っています。