劇場公開日 1983年11月12日

「終盤の加藤登紀子の女房の台詞で涙がこぼれました」居酒屋兆治 あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0終盤の加藤登紀子の女房の台詞で涙がこぼれました

2020年3月27日
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鑑賞方法:DVD/BD

それなりの歳にもなって、仕事にもみくちゃになって、単身赴任とか経験もすれば誰でも馴染みの居酒屋ができるものです
毎週末どころか、気がつくと週五で通っていたりします
そんなお店はチェーン店ではなく、兆治みたいなカウンターだけのこじんまりした、というより狭苦しいお店です
気のいい大将と女将さん、いつも同じ顔ぶれの常連さん
テレビを観ながら四方山話を隣あった人や大将や女将さんと会話する
時にはお店全体で一つの話題で盛り上がったりする
それだけで孤独は癒やされ、疲れは吹き飛ぶものです

どこにでもありそうで、兆治のようなお店はどこにも無いものです
単身赴任先で通った店は正に兆治のような店でした
単身赴任が終わって家族の元に返っても、やっぱりその雰囲気が恋しくて地元で探したりしましたが、散々探しても見つからないものなのです

高倉健52歳、大原麗子37歳、加藤登紀子40歳
役での年齢は藤野英治がおそらく42歳くらい、さよも茂子も40歳くらいの設定だろうか

英治とさよが別れたのは15年前くらいだろうか

愛しているから別れる
幸せになって欲しいから身を引く
刑事の言うように馬鹿げているかもしれない
でもその時はそれが正しいと信じていたし、それからもそれで良かったのだと信じてきた

でもそれがどれほど残酷なことか
相手の心の奥底までを傷つけていたことか
自分もまた傷ついてはいても、比較にならないほどの地獄に彼女を追いやっていたかも知れないことを全く分かっていなかった

真夜中の無言電話は彼女の悲鳴だったのだ

肩を壊して行けなかった甲子園
有るべき未来、そうなるはずだった将来の夢
肩を壊してもあきらめ切れない野球少年
あきらめ切れない結婚の夢を追いかけて続ける女

誰もが願いが遂げられることはない
それが運不運、巡り合わせが妨げてならまだいい
なんだか本人にもわからない、後になってみれば何故自分でもそうしたのか、今なら間違いだったと分かる決断が理由だったならばどうだろう
いつまでも心の奥底で痛み続けて失血し続けていくに違いない

それは5年経とうと、10年経とうと、15年でも、30年でも消えない後悔になってしまう
ふとした時に思い出して心が痛む
最後には血を吐いて死んでしまうのかも知れない

そんな悲劇は、もし時間を遡ることができるならば、間違いを正すこともできるかも知れない

しかし何十年の年月が経って、今の自分には家族がいる
かわいい小さな子供達、飯を作って待ってる女房がいるのだ
終盤の加藤登紀子の女房の台詞

夢を追いかけて行ってしまう人を止めることはできないわ
私、あんたも行ってしまうかと思ってた

彼女の不安と、旦那が自分のところに戻ってきた安堵

私、居酒屋の女房で悔いは無いわ

薄々感じていたことを全てを知っても亭主の過去を飲み込むその姿

このシーンのセリフに涙がこぼれました
そして二人はこれまでと何も変わらず暮らしていくのです

未だに捨てられずに持っていた、さよとの写真を遂に英治はやっと燃やす事ができたのです
心のなかに仕舞いこんで隠し持っていた、さよへの想いにやっと葬式を出せたのです

灰皿の中の火葬をしているときに、電話がなります
無論間違い電話です
直ぐに鳴り止みます
しかし、それは本当のさようならをやっとお互いに言えた瞬間だったのです

元気だして、行こうぜ!オッス!
夢をあきらめた野球少年の気合いです
店も移転することになるでしょう
やっと本当のスタートラインに立ったのです

名作です

あき240