劇場公開日 2000年1月22日

「優しさの本質を問う緑の獅子賞受賞作品」雨あがる とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5優しさの本質を問う緑の獅子賞受賞作品

2021年11月22日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

単純

幸せ

寝られる

緑の獅子賞って、緑を一番美しく撮ったで賞のこと?と勘違いするくらいに、緑をはじめとする景色の色が、心にすうっと沁みわたる。

 そんな美しい調度の宿の一室に佇む妻。宮崎さんてこんなにいい役者だっけ?凛とまっすぐに背がのびたままの礼をはじめとして、一つ一つの作法がゆったりとしたテンポで美しくも心が落ち着き、すがすがしくなる。ジーンズ姿のあのCMのイメージが強いからビックリした。
 対して原田さんの、いかにも場末の夜鷹の荒々しい造作。別の映画の凛とした佇まい等と比べると別人のよう。
 そして宴会での、野太い民謡?
 女性陣が際立っている。
 松村さん、下川辰平さん、奥村公延さんとかさりげないところでこの役者が?というサプライズもある。
 民謡のような宴会での男衆の歌舞も鳥肌が立つ。
 一つ一つの要素は素晴らしく、宴会も混ざりたくなるほど楽しいのに、何故が不協和音。一つ一つの要素が際立ち、お互いが補完しての一枚の画になっていない。

  三船さんがいい。やんちゃな子どもみたいな星の王子様がそのまま大人になったみたいなお殿様がいい。一本調子で、落ち着きのなさが演技なのか、素なのかわからないけど妙にはまっている。奥方・家老達に諌められ、近習達に手のひらでころがされるも愛されているお殿様っぷりがいい。
 そして井川さん、吉岡さん、寺尾さんもいつも通り、役をきっちり演じてくださる。

ただ、説教節の爺さんて何?説教節という義太夫っぽいものがあるのか?ただ説教臭いからのあだななの?
とか、
「貧しいものがお互い助け合って~」とかが台詞で語られるだけでいまひとつよくわからないのが残念。
 宿屋のシーンも、助け合いの場面あったけ?いがみ合っているが主人公の機転で、仲直りしたようにしか見えなかった。
 まあ、しいていえば、妻が嫌っていた主人公の行いが、とっても意味があるんだと言うことをいいたかったんだろうけど、もう少し庶民とのやりとりを丁寧に描いてほしかったなあ。宴会場面よりも。

話の筋はふに落ちない。
 やさしさ、謙虚さって何?主人公は本当に優しいの?とも思う。お殿様の言葉が端的にそれをついている。
 また「人の地位を奪うより~」というオチも一理あるけど、正式な御前試合はすっぽかして闇打ちするような指南役に席をゆずっていいのか?とも思う。
 現代に置き換えると、正直に丁寧な仕事をする業者が主人公で、談合で手抜き仕事でもそれなりの委託料とるのが現地の道場主だよ。それって、藩主・藩士に、税金払っている庶民に対して、不誠実だと思うけど。

 とはいえ、人物造形は面白い。他の作品なら、職につかずに己を通したい夫と、生活のためにどうにかしろという妻だけど、この映画では反対。
 主人公は強く見せないのが処世術なんだろうけど、どこかで自分の力を認められたいとも思っている。どこが謙虚なんだ。そんな下心見え見えの嫌味な男を、さらっと気持ちの良い男に見せてしまう寺尾さんはやっぱりすごい。
 とも思うけれど、どこかで主人公を三船敏郎さんや仲代さん、萬屋錦之助さんがやったらまた違う雰囲気になっただろうなと惜しい。叶わぬ夢だが。寺尾さんだと、常に「手を抜いてますよ」的な腰砕けが目立つし、要領よく立ち回ってこじんまりまとまっていて、それはそれでいいけれど、ちょっとつまらない。”毒”が見えてこない。そして何より、寺尾さんだと、ダメ男のかわいらしさはあるのだが、無骨な男に見え隠れするかわいらしさは見えてこない。

黒澤作品は『羅生門』『生きる』『隠し砦の三悪人』『用心棒』『椿三十郎』『天国と地獄』『赤ひげ』くらいしか観ていない。カラーになってからは見ていない。黒沢監督が監督されていたのならどう仕上げったのだろう。
 小林作品は『明日への遺言』『蜩ノ記』と観て、3本目。この2作とも、ひょうひょうとして人当たりが良いながらも、己が信じた生き方を、家族の願いも無視して貫く、腹が据わった男を描いていた。藤田さん・富司さん等役者に恵まれて、特に『明日への遺言』は何度も見直したいバイブルに仕上がっている。けれど、人の良さの方が前面に出てしまって、男の非情さや死をも辞さない狂気の部分が足りない。塩ひとつまみ足りない。
 この作品の主人公は、まだ仕官したくてうじうじしていて、挙げた2作とは違うけど、うん、やっぱり塩ひとつまみ足りない。
 例えて言うならさっときれいに作った澄まし汁。 奥底に色々なものが沈みつつも、上澄みが透き通っているようなコンソメのコクが足りない。
 『生きる』『天国と地獄』は構成が見事だった。『羅生門』『赤ひげ』はそれぞれのドラマの掛け合いが、重層的に重なり、唯一無二の作品として昇華していた。『隠し砦の三悪人』『用心棒』『椿三十郎』は、RPGにも似た、先の見えないスリリングさ=緩急が見事だった。特に殺陣や台詞のスピード感。そして、その映画を盛り上げる音楽。『用心棒』なんてオープニングの侍が歩く姿を追っただけの楽曲を聞くだけで、物語の幕開けにワクワクしてしまう。何度も観ているのに。
 でも、この『雨あがる』にはそれがない。山間を歩くが如く、緩やかな上り下り、木々に覆われて先の見通しが立たないところから、ちょっと休憩できるところ、視界が開けるところはあるけれど…。
 と、巨匠と比べてもと思うが、この作品は「黒沢監督の遺稿の映画化を黒沢組で」を売りになさっているので、つい比較したくなる。

とはいえ、黒澤作品のイメージの大作(シンフォニー)ではないけれど、後味の良い小品(セレナーデ)です。

とみいじょん