劇場公開日 1998年9月26日

「光…   自分の中の”愛”と向き合う映画」愛を乞うひと とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0光…   自分の中の”愛”と向き合う映画

2023年8月9日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

怖い

幸せ

虐待は、意識的にも、無意識的にも、連鎖する。しない場合もある。

この映画へのレビュータイトルが「光」なんて、なんなんだろうと思われるかもしれない。

でも、この凄まじい虐待場面が繰り返される映画に、
このような暴力こそなくても、親・大切な人から認めてもらいたいと日々努力しているけれど叶わない、私をはじめとする世の中に満ち溢れている愛を乞う人への”光”を見た思いがした。

昭恵は、子を虐待しなかった。
 昭恵には、貧しいなりにも昭恵を大切に扱ってくれた人々がいた。アパーであり、王さん夫妻であり、弟。就職した先もブラック企業かと思いきや、労働者を大切に扱う会社だったらしい。上司から給金を渡される場面の気持ち良いことよ。
 そんな心のつながりを大切にして、結婚・親子・職業生活の中に生かした昭恵。娘の、言いたい放題が許されると思っているようなノビノビとした言動と、自己信頼に基づいた水泳への打ち込みかたから、いかに両親の愛を一心に受けて育ったかが見て取れる。

そこに、”光”を見てしまった。

人は、生い立ちに縛られるだけではない。糧として生きることもできるんだ。
人は、母親だけに育てられるのではない。いろいろな人の愛・影響を受けて育っていくんだ。

と、同時に”闇”をも目をそらさずに描き切る。

身近で起こる日常的な暴力に、人間は慣れることができる。そこらじゅうで起こっているいじめ・ヘイト行為を変に思わなくなるように。昭恵に対する暴力に慣れてしまった和知のように。
 スケープゴート。照恵に集中している間は、こちらに被害はない。いびつな均衡。

そして、母・豊子が凄まじい。
 昭恵を憎んでいるわけではない。和知が中学の制服を昭恵に買ってきたときの、豊子の喜びよう。ああ、やはり親なのだと思ってしまう。
 けれども自分の思いをわかってもらえなかったと思ったときに…。ムシの居所が悪かった時…。同族嫌悪:自分の見たくない部分を昭恵の中に見てしまったとき…。昭恵の表情に、周りの反応に、自分への反発・軽蔑・悪意を読み取ってしまったとき(実際にそうかは関係ない、豊子がどう感じたかだ)…。ましてや、文雄は、豊子ではなく、照恵を選んだ…。そして気持ちが高ぶってしまうと、どうにも止まらない。
 照恵の、豊子の暴力を引き出させてしまう言動も引き金になる(深草の、照恵への言動もちょっと乱暴・押しつけがましいところがある。照恵のオドオドした態度が、相手をそう振舞うようにしてしまう)。
 と、同時に、沸点を超えると、精神状態がリセットされてしまう。暴力の後、人が変わったように、髪をすかせる豊子。自分の気分を良くさせた昭恵にかける言葉。憑き物が落ちたように変わる。その言葉に喜ぶ昭恵。
 時折見せる優しさ。
 ギャンブルのような関係。”また”の優しさを求めて断ち切れない。

なんたる愛憎劇。
 父の骨への妄執。まるで、自分への愛をかき集めているかのような作業。
 昭恵もまた愛を乞う人なのだ。だが、昭恵は縋りつかない。べたつかない。娘への、弟へも、母へも。それだけに、なおさら、観ているこちらが愛を乞うてしまい、つらくなる。
 豊子が相手を支配することで、愛を乞おうとしたのとは違う。

凄まじい。そして、豊子の、昭恵の空虚さに、胸が貫かれる。
そして、ラストは…。

そんな渾身の映画をこの世に送り出してくださったスタッフに感謝したい。

皆さん、おっしゃっているように、原田さんの怪演に背筋も凍る。
 虐待場面は、あんな棒の振り回し方じゃ、本当には子どもに当たっていないだろうというのが見て取れる。それでも、あの凄まじい狂気・迫力。
 母娘、まったく別の人格を演じながらも、そこに共通する”愛を乞う人”。周りが、大切な人が自分をどう見ているのかを気にする目は一緒。別人格の中での共通点。
 自分の中に沸き起こる感情を自分で抱えきれなくて、周りにすべて吐き出してしまう豊子。反対にすべてを飲み込んでしまう照恵。不適切な場でのごまかし笑い。感情をコントロールできていないのも同じ。表現型のネガとポジ。
 豊子・昭恵の対面場面での息を飲む緊張感。
 なんて役者なんだろう。

もちろん、周りの助演者も素晴らしいから、原田さんだけが突出した感じではなくて、映画に浸りこめられる。

特に中井さん。台湾語の発音については語れないけれど、日本語を母国語として育った人ではない日本語の発音。恐れ入った。

そして、本当に子どもには当たっていないだろうと思われる虐待場面の中に、子役がトラウマになっていないかと心配してしまう虐待場面も挟み込まれる。よく撮ったなと、子役も含めてスタッフの本気度に頭が下がる。

筋が、展開がわかっていても、そのたびに感情が揺さぶられる映画。
泣けるとかそんな安易なものではない、もっと奥底の気持ちが揺さぶられる。

★   ★   ★

原作・漫画未読。ドラマ未鑑賞。
 WIKIによると、原作とこの映画のラストは異なるそうだ。異なるラストにするために、原作者を説得したそうだ。
 確かに、通常なら原作通りのラストの方が余韻が残るだろう。
 だが、この、付け加えられた映画オリジナルのシーンでの原田さんの怪演があって、この映画が他の虐待ものとは一線を画す忘れられない特別な映画となったと思う。
 このシーンだけでも必見。けれど、それまでの関係性がわからないと、このシーンのすさまじさがわからないから、やはり全編観て欲しい。

とみいじょん