ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序のレビュー・感想・評価
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改めて見るとやっぱり面白い
久しぶりに観て、やっぱり面白いなあと感じた。「序」に関しては真っ当に少年の葛藤のドラマとして完成度が高くて、クライマックスのヤシマ作戦に行くまでの主人公の葛藤と戦いの盛り上がりがシンクロしている。誰も信用しない内気な少年が色々な人とのふれあいを通じて、恐怖を乗り越え、日本中の電力を預かり、敵を殲滅する。少年は一人で戦っているわけではなく、みんなの力で困難を乗り越えていき、成長していくという構造。ボーイ・ミーツ・ガールの要素もあり、すごく王道感がある。(これ以降、異様な方向に行くのだが。それもまたすごく面白いのだけど)
アクションシーンはTVシリーズから大幅にブラッシュアップされてすごくかっこよくなったし、展開を圧縮している分、テンポよく物語が進むのでTV版より見やすいかもしれない。動かないシーンも構図が綺麗で見惚れる。改めてすごい作品だなと思った。
文字通りの「序章」。伏線がたっぷり貼られる。
最初のほうを観ていると、さすがに演出的に古さを感じたが、全体を通じて、過去に観たときよりも面白かった。
感想というほどまとまっていないけれど、思ったことを書いてみるとこんな感じ。
ジョーゼフ・キャンベルの「千の顔をもつ英雄」によると、「英雄の旅」は、
1.英雄が日常生活を離れ冒険の境界へと向かう。
2.境界を守っている影の存在に出会う
3.英雄はその力を打ち負かすかなだめるかして、生きたまま闇の王国に入るか、敵に殺されて死の世界におりていく。境界を越えると英雄はなじみがないのに不思議と親しみを覚える力の支配する世界を旅することになる。そこには試練や助力者の存在がある。
4.英雄は究極の試練を経験して見返りを手に入れる。その勝利は英雄と世界の母なる女神との性的結合や父なる創造主からの承認、あるいは英雄自身が聖なる存在になる。
という形で描かれる。
最後は帰還に取り組むことになる。
ざっくり抜書きするとこんな感じ。
わかりやすいところでは「スター・ウォーズ」「ロード・オブ・ザ・リング」がこのプロットを取り入れている。というか、多くの物語がこの構造になっている。
本作は、3.に入ったあたりまでが描かれる。
当時は現代版の1stガンダムだと思っていたんだけど、永井豪によると、「エヴァはデビルマンですから」と庵野秀明本人に言われたらしい。エヴァンゲリオンそのものがデビルマンなのか、碇シンジがデビルマンなのかは不明。
それをふまえると、最初のエヴァの暴走はまさにデビルマンの姿であり、エヴァが碇ユイだとすると、胎内にいる息子であるシンジが傷ついたことによって母の怒りが炸裂したという構図が読み取れる。
そういう意味ではひとつの家族が結集して敵と戦うという物語でもある。
デビルマンが、不動明が自ら悪魔と一体化することによって、デビルマンに変身するということを考えると、エヴァの胎内に取り込まれたシンジが悪魔の役割なのだろうか。そうすると、悪魔が世界を救うという点で、デビルマンの発想をかなり忠実に取り入れているということになる。デビルマンとつなげて考えると、渚カヲルは見た目からして飛鳥了そのまんまである。
物語の途中で、事故にあった綾波をゲンドウが助けるシーンがあって、最後のほうでシンジがまったく同じ行動をする。
これは父と子の同一化を表現しているのだろうか。ゲンドウは綾波に接するとき、亡き妻に対して接する気持ちなのだろうか。そうだとしたら、シンジが綾波を助けたときの感情は、母に対するものではないから、同じ行動をしているが、本質的には違うことをしているということになる。このあたりは物語が進むにつれて解明されていくのではないだろうか。
いまのところ不明なことは、下記の点。
・シトとはなにか
・ネルフの上位機関であるらしきゼーレとはなにか
・ネルフはいつからあるのか
・第一~第三のシトは綾波が倒したのか
・リリスは第二のシトだとすると、第一、第三のシトはどうしたのか。なぜリリスは殺さずに確保してあるのか
・ゲンドウと冬月の会話に出てくる「人間は知恵の実を食べて、シトは生命の実を食べた」とはなにか。そもそも、なんでそんなこと知っているのか。
・最後に「また三番目とはね、変わらないねきみは」という渚カヲルのセリフはなんだろうか。
・第三新東京市はなぜ地上に現れたのか。第四のシトと戦っているときに地底に潜っていて、シトを倒したから地上に出てきたのか。だとすると、シトと戦っている時にあった町はなんの町か。
・そもそも庵野秀明はどうして「デビルマン」を「エヴァ」として描いたのか。エヴァを作った意味というか、意図はなんだったのだろう。
あんまりわからん
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ヱヴァンゲリヲンの開発をしてるシンジの父に呼ばれてシンジ来る。
いきなり操縦して敵と戦わされるが暴走、でも勝つ。
人付き合いが苦手で、孤独にならんために人の言う事を素直に聞いて来たが、
さすがに嫌過ぎてもうやめたいと思い始めたシンジ。
でもミサトに励まされたり、レイに刺激受けたりして頑張る。
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ヱヴァンゲリヲンは全く興味なかったが、ここでの採点がいいので見てみた。
おもんなかったわけではないが、正直あんまりようわからんかった。
基礎知識がまるでないもんなあ。
レイの雰囲気と声、何か見た事あるなあと思ったら灰原やった。
あと稲垣早希のアスカは出てなかった。
ばらまかれる伏線
セカンドインパクトから15年、第三東京市に使徒が襲来。14歳の碇シンジは、父であるネルフの碇ゲンドウ指令に呼び出され、エヴァンゲリオン初号機に搭乗し使徒と戦えと命令される。拒むシンジだが、重傷の綾波レイの姿を見て乗り込み、使徒を撃退する。シンジは悩みながらも、ネルフとともに使徒との闘いに挑んでいく。
映像が刷新されデザインも変更されているものの、おおむね旧世紀のシリーズに沿った内容。そういえば、前世紀に制作された今世紀の物語なので、携帯電話が出てきません。伏線をばらまく謎の単語の続出に、観る人は否が応でも引き込まれます。
初号機への搭乗を嫌がるシンジの気持ちは十分わかります。一方、勝手に乗っちゃうアムロって。
続編無くてもコレだけでも充分満足出来る完成度
綾波レイとシンジくんのラブストーリーです。映画として完成度高いです。TV版といろいろ細かい部分が違います。大筋は一緒です。
きりが良いのでコレだけで終わっても良いくらいです。
世紀を隔てた邂逅
TVアニメは再放送で見ていたが、それ以降ご無沙汰していた。序破Qの存在は知っていたが、今回初鑑賞。
概ねTVアニメの筋を踏襲しているように思うがどうか?
「ヤシマ作戦」か。確かにシン・ゴジラの「ヤシオリ作戦」における、日本の置かれている立ち位置と同じだな。
実際に戦わなくてはいけない状況になった時、戦うことを能動的に選択できるだろうか?
覚悟しなければいけないときが、私の生涯においてくるのだろうか?
最高にチェリーボーイ
一言でまとめると、シンジ虐の映画です。
「乗らないなら帰れ」から始まり、自分に興味すら注がない父が綾波とかいう知らん奴を溺愛してるのを目の前で見せつけられる。シンジ君壊れないか心配です(多分もう壊れてる)
でも、時間が短く感じるくらいの没入感、常識人ミサトさんの清涼感(これが無いとエヴァは暗いだけの作品になる)
とにかく続編が気になる。見てよかったと思える作品でした。
見る気なかったのに結局観ちゃった
別に「気持ち悪い」でいいと思っていたので、最初は制作意図が分からず、劇場ではスルーした、そんな時もありました。何か迎合したようなハッピーエンド路線なのかと不安に思いつつ、観ればやっぱり面白い。
今から考えると、呪いを解くための儀式or円満離婚のための布石その1だったのだけれど。
思春期の子供視点
最終章を観るにあたって序から見直し、歳をとったせいか醒めた目で観てしまった。
巨大ロボの活躍は鉄人28号が元祖、ガンダムになって搭乗型になった、エバもその流れだが何故か操るには遺伝子レベルの適合性が要るらしい。そんな設定で無理やり搭乗員にさせられる、碇シンジ、普通なら正義感に燃える熱血少年となりそうなところだが、子供の側の視点に立ち返って親の言いなりに対する葛藤と反抗心がテーマというのもユニークです。それにしても終始うじうじしているので観ている方も檄を飛ばしたくなりますね、当時、「逃げちゃだめだ」が流行りました。
ただ、マシン相手でなく本当の戦場なら人殺しはできないと逃げるのもありでしょう。ヒットラーのユーゲント政策とは違うところをしっかり描かないといけませんよ。
わずか14歳というのに綾波レイちゃんはナイスボディ、必然性の無いヌードシーンが出てくるのはアメリカのB級映画と同じティスト、庵野監督は思春期の性の目覚めにも触れたかったのでしょう。
あえて説明をせず謎をほのめかすことで興味を繋げる手法ですが、あまり設定を固めてしまうと先の展開が手詰まりになるので作者の方もあえて暈しているのでしょう。
特撮ものは見慣れているので戦闘シーンは月並み、やたら光線が飛び交って爆発炎上とお馴染みですね。シールドがあるので通常火器は無駄と知りつつも前座の役割り、劇中でもリツコが「税金の無駄遣いね」と言ったら、ミサトは「この世には弾を消費しておかないと困る人達もいるのよ」と言っていましたね、すごい皮肉です。まあ、庵野ワールド、ユニークです。
ネタバレ注意
シン・エヴァンゲリオンを見るために、テレビシリーズを含めて、全てを見た。
初見、僕だったら、エヴァンゲリオンなんて絶対に乗らない。自分のためにも、人のためにも乗らない。
まぁ、それでは、話にならないけどね。
この終末世界は原発の爆発した結果できた世界だと思うが。
ファーストインパクトはなんだ?日本の事故を予見しているのだろうか?そうであるなら、傑作なんだけれど。
追伸
碇シンジと綾波レイがエスカレータに乗る場面がある。二人並ぶ事なく、4段5段離れて左右に乗っている。エスカレータなので、歩いていない。さて、なんで歩かないのかなぁ。『危険だから』と言う事だろう。どうして危険なのだろう。ある日、定期点検している人に聞いた事がある。その人曰く『荷物を持った人の横を通り抜けて、その人の荷物に体があたり、その人のバランスを崩すと危ない』と説明された。納得いかなかった。
それならば、二人並んで乗れるエスカレータなんか作らなければ良いし、一人の幅のエスカレータは、歩ける事になる。
合理的な考え方と思うが。 脱線。
TVシリーズのヤシマ作戦までの流れ。 TVシリーズの頃よりも映像も...
TVシリーズのヤシマ作戦までの流れ。
TVシリーズの頃よりも映像も綺麗になっている。そのお陰か、キャラの細かい動きや表情も良くなっていた思う。
まずは序章といったところ。
エヴァンゲリオン 序~Q
未公開アップロードしたままで忘れていたので、変な時にレビュー公開となってしまった。
俺は、「シン・エヴァンゲリオン劇場版」を観ようと考えた。しかし、俺はエヴァを一つも観ていない。TVシリーズも劇場版も。時はちょうど黄金週間。録りためた中に、たしか「序」「破」「Q」いずれもあったはず。よし、一気に観て、「シン・エヴァンゲリオン劇場版」を観る市民権を獲得しよう、・・というのが今回観た背景。
【序】
すごいなこのオープニング。あっというまに引き込まれる戦闘シーン。
登場人物が少ないからわかりやすい。
いわゆるメカ(設備、器具備品の類)のカッコよさが、心をくすぐる。
"使途" の異様な造形は、CG時代をフルに感じさせる。
ネブカドレザルの鍵とか、セカンドインパクトとか、初めて聞く単語のオンパレードなのに、ストーリーを追い続けられるのは、「それが当然」かのように、なんの迷いもなく進める点かな。まあ、アニメから延々と続く歴史があるからこそ、できることなのだろうな。
俺たち(50~60代)に、大友克洋がいるように、彼らには庵野秀明がいるんだなあ、と変な感心の仕方をした。
主人公とそれをとりまく女性たち。手ごろなお色気。
【破】
辛いのは君だけじゃない。
「ヒトマル」という読み方に象徴されている自衛隊(ミリタリー)感覚は受けそう。それも、それを美少女たちが言う。
思わせぶりな音楽。
科学の最先端な世界で、「純粋な精神エネルギーの具象化」という魅力的な現象。
「なぜ若者たちだけがエヴァンゲリオンに乗るのか?」という俺の疑問は解かれるのだろうか。
「シリーズものは、2作めが鍵」と言われる条件を見事に達成した出来のよさ。感心。
【Q】
前作の痛快さを忘れてしまったかのようなオープニング。
謎の少年カオルの登場。カシウスとロンギヌスの2本の槍。異なる槍が必要。第1使徒と第3使徒。アダムスの器。
前作にも勝る、謎のワードのオンパレード。その中で徐々に見えてくる、人類と使徒、それぞれの誕生の歴史。第1使徒であるアダムから生まれた、第3使徒以降の使途。そして第2使徒リリスから生まれた人類(リリン)。両者は、どちらかが生存し続けるために、相争う運命だったことがわかってくる。
ゲシュタルト(統一的全体像)。西洋的な思考は、ひとつひとつ分解してよくしていくことで最高のパフォーマンスを得る、という要素分解的な考え方。
一方、東洋的な思考は、全体をシステムとみてそのバランスを調整することで最高のパフォーマンスを得る、という全体像的な考え方。
自分でも、なにを書いているかよくわからなくなってくるが、「Q」をみて感じた気持ちはこんな感じ。哲学書か。
そして...【シン・エヴァンゲリオン劇場版】
シンジからの視点へのこだわりと、さりげなく挿入される映像から来る深みと美しさ
シンエヴァンゲリオンを見てから再視聴。
前はあまり注目していなかったところに、魅力を感じた。
ミサトの車は何故かルノーのアルピーノA310、イタリアでもなくドイツでもなく壊れやすいフランス製か。そのこだわり。そして冷蔵庫の中はビールのみ。一般的な生活感は全く無く、ミサトは庵野監督のある側面の分身の様にも思えた。
綾波宅でシンジが割れた眼鏡を掛けた時に、レイが裸身は気にもせず一心不乱で取り返そうとする様。その眼鏡をエヴァンゲリオンに持ち込む映像。その眼鏡が割れたのはゲンドウがレイを必死に助けようとした時であることもさりげなく示されていて、父親を信じれないシンジ頬への殴打と共に、レイの一途な思いを暗示。ただ、シンジは眼鏡が誰のものか分からないし、レイの幾つかの反応も全く謎のままで、物語は進行していく。
レイの家にあったカプセル剤とビーカー。ビーカーは内服薬を飲む際に利用ということらしい。研究者だった碇ユイの性格は反映してか?ただ、薬が何のためかは自分には不明。イメージ的には、魂移植の拒絶反応を抑制するため?
テープレコーダー(SDATプレーヤー、シンで父親からの二世代に渡る代物であること判明)は、同じトラック25と26のみを行き来。他人との関わりを遮断し、子供のままで、成長無し状態の言わば象徴か?
そして、前から美しいと感じていた電信柱や送電塔、送電ケーブルの映像。時に何と斜めになっていた。これは、シンジ・エヴァンゲリオンからの視点ということか。もしかして、送電線には、ヒトとヒトとの心のやり取りやレイが言うところの絆を象徴している?
何回か見て初めて感じ取れる映像の意味付け、活劇でありながら同時に、小津安二郎の映画の様に、良く練られ考えられている映像の数々、改めて独自の作家性を感じさせられた。
生理的に無理でした
好きな人は注意してください。
周囲の人たちが絶賛しているので見に行っったのですが、この作品の感想は「気持ち悪い」です。これを絶賛するの?これを?と、戸惑いすら感じる始末。
物語や映像美ではなく、この作品の論理感が合いませんでした。
・女性は男のお母さん(レイだけでなく、ミコト達といった大人も)
・自己 正当化(主人公は被害者で可哀想でなにも悪くない)
・自己正当化を肯定する流れ
・社会性のない大人が子供に責任を押し付けて偉そうにしている
・搾取するようなお色気シーン
というのを、学園ラブコメエログロバトルというテンプレにのせて、庇護する対象の子供を大人が性的に消費するのも相まって(時代的に仕方がないとは思うんですが)、始終生理的嫌悪が生まれていました。この作品は、子どもの裸のシーンだけでなく、ボディスーツもダメでした…。
しかし、風景に演出やロボットの動き、挿入歌の入れかたなどは目を見張るものがあったので、フィクションはフィクションとして楽しめる(不快感を感じない)人は面白く見れると思います。
自分自身が海外のロボットものに比べて、国産のロボットものは価値観が合わないと思った理由がわかった気がします。
【整×滑×影の見ごたえある映像美。】
・2007年公開の日本のアニメ映画。
・エヴァンゲリオン新劇場版の4部作の第1作目です。
・大災害(セカンドインパクト)が発生した後の世界という設定。そこに襲来する謎の敵「使途」に対して人類は人型兵器「エヴァンゲリオン」で戦う。そのパイロットとして選ばれた少年「碇シンジ」。エヴァンゲリオンに搭乗して「使途」と、そして「父親との軋轢などからくる葛藤」と、その両方と戦う、という大枠ストーリー。
[お薦めのポイント]
・映像が気持ちよい
・過去のコミックやアニメを2時間弱でおさらい可能
・過去作より葛藤の台詞が五月蠅くない
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[物語]
・過去にアニメもコミックも観ており、ぼんやりと流れを覚えているので、どうしても物語の「すっとばし感」を感じてしまいます。なので、妥当な評価ができない状態です。笑 初見で観た場合に、トウジ(主人公の友人)の言葉で勇気を奮い立たせるシンジがどう映るのか、ミサトに「エヴァに乗るか乗らないかはあなた自身で選びなさい」と言われて葛藤の末乗り続けることを決めたシンジがどう映るのか…物語の主人公が一歩成長するときは共感することに楽しみがありますが、その「共感」をさせるためには一つずつの出来事を積み上げてもらわないと中々…なところがあると思っていますが、今回はその積み上げが少なく、一歩成長という結論がいきなり出てくる印象でした。ただ、これは原作内容を知っており、そこでの積み上げ物語を引き算していることを知っているから思うことなのか、初見でもそう思うのか…うーん、わかりませんね。笑
・とはいえ、一本の映画としてはわかりやすくするっと流れていく2時間なのでエンタメ映画として楽しめるのではないでしょうか。
[演出]
・とにかく映像にこだわっている!と感じました。「整い感」と「滑らかさ」、加えて「影」。影を印象的に使ってくるシーンとかは、ここで何を言いたいんだろう、と深読みしてしまいますね。戦闘シーンなどは「滑らかさ」中心で気持ちよく観れて、ドラマシーンは「整い感」と「影」によって哲学的に観れて。画で愉しむ映画だと思いました。
・ちょっとしたことですが、レイが持っているネルフのIDカードの番号が「100…」とかなりの桁数で、これって「かなり沢山のエヴァチルドレン」が想定されていること?と面白く思いました。
[映像]
・「整った構図」と「滑らかな動き」がとにかくカッコよさを際立たせてくれます。映像は大体1秒間に約30フレーム(30枚の写真)が必要と聞いたことがありますが(厳密にはものによって枚数違うようですが…)、アニメの場合約2時間=120分間の映像を作るためには、概算約3600枚以上の画が必要ということですね。故によくアニメで、口元だけ動いて背景などは動かない、なんてことがありますよね。コスパ重視だとこうなるのかなぁと思っていますが、本作は全然違います。1枚1枚が入魂なそれになっている気がします。それがびっくりするほどの「滑らかさ」に繋がっているのかと思います。これがとにかく気持ちよいんです。また、主人公シンジとその父親ゲンドウとの会話を煽り(下から撮影)で綺麗に対比させて撮っていたり。シンメトリーの気持ちよさも要所要所感じます。構図や動きがしっかりしているので、そこにBGMと台詞と物語を乗せると、それはかっこよくも見えますね。気持ちよい映像を約2時間楽しませてもらった感じです。
[音楽]
・いうことなしですね。踊る大捜査線でも利用させれているBGMがリニューアルした本作でもしっかり使われていたり。戦闘配備のシーンや街が機械的に動くシーンなど痺れるBGMが沢山です。
[演技・配役]
・過去作と比べて、全体的に「落ち着き」みたいなものを感じました。シンジ君の葛藤台詞のワーワーもまあまあ落ち着いてましたし、何よりミサトさんが落ち着いたときの台詞は、普段の台詞と全く異なる雰囲気で大人のカッコよさを感じました。綾波レイもさらに綺麗な大人らしい声になった気が。声優さんの力によって映画としての厚みがさらに増した気がしました。
[全体]
・エヴァといえば「逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ」という「シンジ君の葛藤」が印象的ですよね。久しぶりに、改めて観ると、「五月蠅い」です。笑 「どんだけ悲観的なんだよ。w」と思っちゃいます。ただ、幼いあの頃に観た時よりも、少し冷静になって受け止めることができました。中学生の彼が悩み葛藤することは、表現方法は五月蠅いとはいえ、内容そのものは、実は私たち大人でも同じように考え苦しんでいることが多いのではないか、と思えたからですね。「すぐ人のせいにしてみたり」「自分のいる意味を探してみたり」「人に興味を持ってもらいが故に駄々こねてみたり」…。そういう意味では、子供がワーワー言うことの本質には世の大人の持つネガティブな部分を投影させている、のかもしれませんね。
・さて、そんなシンジ君がこの先どうなっていくのか。続編の映画を引き続き楽しみに観たいと思います。連続作が貯まった後に一気見する楽しみを味わいます!ありがとうございました。
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シンエヴァ観るために
映画館営業再開したらシンエヴァ観に行くか、と思って重い腰をあげて過去映画を見返しました。とりあえず序はだいぶ記憶に残っていたのでついていけた。シンジくんの主人公らしからぬウジウジが目につくけど逆にそこからものすごいど根性発揮するのが凄いですね
良さがまだ理解出来ない
シン・エヴァンゲリオンの興行収入のニュースで興味が湧いたので、Amazonプライム・ビデオで鑑賞。使徒が何者かの説明はなくいきなり使徒たちとの戦いに主人公が立ち向かうストーリー。劇場版の次回作を見ないと理解出来ないのかも。使徒との闘いのシーンは巨神兵との闘いを思い起こされた。
55点→75点
《2021.4月19日時点》
映画評価:75点
いよいよ新劇場版四部作が完結するという事で、
映画館に行く前の[復習]として再視聴しました。
このレビューを読んで頂く前に
軽い自己紹介にお付き合い下さい。
私は映画タイプの中でも、
基本的にアクション映画や特撮映画、ロボットモノ等は苦手です。
またシンジの様なウジウジした後ろ向きな主人公は嫌いです。
これを踏まえても
この作品はとても素晴らしいと評価出来ます。
地球を滅ぼそうとする未知の生命体である
《使徒》
この使徒との戦いを半ば強制的に巻き込まれる少年、それがシンジです。
使徒に対抗出来るのはエヴァンゲリオンのみ。
そのエヴァンゲリオンに適合出来るのはお前しかいないから乗って戦え。断るなら地球は滅びてお仕舞いですけど?シンジくんどうする?って所から
スタートするストーリーです。
そうなんです!とても理不尽なんです。
これだけの理不尽を押し付けられたら、
そりゃシンジじゃなくてもウジウジもするし、
乗りたくないと泣きわめきますよ。
それでも彼は乗るんです。
現実から目を背けず逃げないんですよ。
これのどこが情けないのか?
少し前までただの中学生ですよ?
凄くないですか?
今の私からは彼を《尊敬》しています。
この『序』では、
シンジが自らの意思でエヴァンゲリオンに乗り、
闘おうと決意するまでが描かれています。
たくさんの葛藤が垣間見えます。
四部作の最初だけあって、
この作品からエヴァンゲリオンを知っても
楽しめるし、1つの映画としても完成されていたと思いました。
むしろテレビ版の知識がある方が
見辛いのかもしれません。
忘れてしまった方が
新劇場版を観るという点においては
楽しめるのかもしれませんね。
この時点でアスカは出ないの~?
ってなる人は、
尚更忘れて観て下さい。混乱しますよ!
新劇場版《序》には未だ出ていないし、
今後の新劇場版なりの登場シーンに、
必ず意味があるはずです。
そして、もう1つ
この作品を見てもエヴァンゲリオンが何なのか、
何で使徒が攻めてくるか、
綾波レイって何者かなんて一切わかりません。
ってか何も教えてくれません。
この作品を通して、
各々が想像し、感じていくしかないです。
ひょっとして最後まで観たら解るのかもしれないですけど、自分で考察していくしかないです。
むしろ私はそれが楽しいです!
是非、一緒に楽しみましょう!
ご拝読ありがとうございました。
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《2014.8月22日時点》
映画評価:55点
【TV版】
この10日間でアニメ版、旧映画版と観てきて今回は新劇場版「序」を観ました。
驚愕!
凄く見やすいです
20年前のエヴァンゲリオンではシンジの声が女性寄りだったり、ミサトも顔がミサトなのに月野うさぎの声寄りだったりと個人的に鑑賞しずらかった部分も多かったのですが
それが改善されている!
ミサトの声なんか、30歳後半にも聞こえる様になりました(苦笑)
あとは、やっぱりグラフィックの進歩
昔の全体的に暗くムーディーな雰囲気が一新され、誰でもストーリーに入りやすい明るい雰囲気となりました
内容自体も、アニメ版の余計な部分(ファンに怒られそうだが)が少なくなり、ライトユーザーにも親しみやすくなったと思います
【2015.12.6記入】
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