「こちら地球星、シロ隊員。」鉄コン筋クリート Chemyさんの映画レビュー(感想・評価)
こちら地球星、シロ隊員。
アニメ作品で大切なのは“世界観”だ。アニメやコミック作品を実写化した時に起きる大きな違和感は、アニメの独特な世界観を実写ではとうてい再現できないからだ。逆に言うと、簡単に実写化できるアニメ作品は、アニメ作品である必要が無い(極論・・・汗)。それで言うと本作の実写化は絶対無理!このキャラクター、この舞台、このストーリー、全てにおける独特の世界観にどっぶり浸らせてもらった。正直、松本大洋の画風は苦手な私、主人公のクロ&シロはもっと美少年の方がいい・・・などと思っていたのだが、観終わると本作にはこの画風でしかありえないと断言してしまう。
まず、舞台となる「宝町」がものすごく魅力的。全体的に昭和のノスタルジーを感じさせつつ、ここかしこに出現するオリエンタル(インドか?タイか?)な建造物。現代でも過去でも未来でもない風景。ごった煮の猥雑さ。細部に至るまで描き込まれた風景や小物を、静止画でじっくり観たくなるほど、美術スタッフのこだわりを強く感じる。そこを縦横無尽に飛び回るクロとシロ。疾走感溢れるテーマ曲も相乗した躍動感!それでいて、孤児たちの、ヤクザたちの、寂しげな表情が胸にグッとくる。
人気タレントを声優としてキャスティングするのには懐疑的な私だが、本作のキャストは1シーンのみの登場だった森三中も含めて、全て合格点。特に卑劣な殺し屋をいやらしくネットリと演じた本木雅弘と、違和感無く少年になりきった蒼井優が好演。個人的に、全てウィスパーで通したイタチ(クロの闇の分身)役の二宮の声がツボ。主人公の2人の少年はもちろんのこと(余談だが、クロの着ているTシャツの文字がいつも気になった。「クロ」や「96」に混じって「血」って!)、脇役に至るまでキャラクター設定がきちんとしていて良い。哀愁漂うヤクザや、不感症のくせに子供好きな刑事など皆良い味を出しているが、私が個人的に好きなのは、伊勢谷友介演じる若いヤクザの情婦。超脇役ながら、男性登場人物の中で唯一といっていい女性キャラクターは、高いが静かな声で話し、控えめで、男に何をされても黙って耐えるタイプ。彼女の妊娠を機に、男はヤクザから足を洗い、宝町を出て行くことにする。幸福な未来設計だが、おそらく彼女は男から子供を墜ろせと言われても、文句言わずに従っただろう。彼女は子供の父親が目の前で殺された時に「絶対男の子は産まないわ」と呟く。この時彼女は、自分1人で子供を育てることを決意したのだ。彼女は違う町で、“女の子”を育てるだろう、戦いを好む男の子ではなく・・・。この女心の機微までも描く本作は、アメリカ公開時にR指定を受けただけあり、決して子供向けアニメではない。ほのぼのとした画風とは異なり、暴力シーンや、ストリップ劇場のシーンなど、視覚的な過激さばかりではなく、子供が持つ“闇”を描いているからだ。しっかり者のクロが、ちょっと頭の弱いシロを肉体的に守る半面、闇に引き込まれるクロの心の穴に自分のネジを埋め込み、光の世界へ導くシロの精神的な支え。切っても切れない強い絆で結ばれた子供たちをギュっと抱きしめたくなる。シロを手放したクロが、シロを求めて、虚ろに町を探し回るシーンがあまりにも切ない。
この町で生きる2人の子供の、強さ・激しさ・もろさ・純粋さ・・・。この町で身を寄せ合う2人の子供の、信頼・愛情・絆・力・・・。この町で戦う2人の子供の、危うさ・儚さ・切なさ・優しさ・・・。
シロがいるからクロは幸福。クロが幸福なら宝町は平和。宝町が平和なら地球は光に満ち溢れている。そうしていつか、シロが蒔いたリンゴの種も芽を出すだろう・・・。
「モシモーシッ、こちら地球星、シロ隊員、応答ドウゾッ!今日も地球の平和を守りました!報告終わりっ!」