「ケン•ローチのはじまり」夜空に星のあるように cmaさんの映画レビュー(感想・評価)
ケン•ローチのはじまり
「あの」ケン•ローチ監督のデビュー作、テレンス•スタンプ出演、という情報だけで観た本作。多少は予想していたけれど、ささやかながら温かみのあるホームドラマを予感させる予告編とは、かなり乖離した作品だった。字幕やインタビューが挿入され、音楽が登場人物以上に能弁となるドキュメンタリー•タッチ、ゴールが見出せない物語運び、互いに寄り添えない登場人物たち。ハッピーエンドとは程と遠く、ちょっと呆然としながら帰宅した。
それでも思い返されるのは、本筋とは関係ない、さまざまな子どもたちの顔。そして、パブで酒を飲むどんよりとした大人たちの顔。子どもの生き生きとした姿を捉えている点は、さすがケン•ローチ監督…とまずは思った。そして一晩経ってみて、いやいやこれは確かに、色々な意味でケン•ローチ監督の原点なのだ、と改めて実感した。
例えば「ケス」も「Sweet Sixteen」も、親が安全基地になり得ない子ども(少年)の孤独や逞しさを描いている。同時に、親がダメだからだ、親のせいだ、という単純な攻撃を寄せ付けない冷静さも併せ持っている。主人公を追い込んでしまう側の辛さやもがきにもきちんと目くばせするのが、ケン•ローチ監督の持ち味ではないかと思う。
原題は「poor cow」。cow=雌牛、は労働者の比喩かと思って辞書を引いてみると「太っただらしない女、いやな女、子だくさんの女」と出てきて驚いた(「子だくさん」と「いやな」が同義という時点で、かなりひどい言葉だ。少なくとも「子だくさん」は本人だけのせいではないのに…)。明らかに、これはヒロイン•ジョイを指しているのだろう。ジョイは乳児を抱いてタバコを吸いパブに行くし、夫に稼ぎ(盗み)を勧めるし、子を一方的に叱りつける。けれども、彼女も必死なのだ。何とか自力で生きようとパブで働き、ヌードモデルの誘いにも乗ってしまう。終盤、スタンドでひとり紅茶を立ち飲みする表情が印象的で、とても彼女を軽蔑する気にはなれなかった。いつしか「私は、ダニエル•ブレイク」で缶詰を盗み食いしてしまうシングルマザーが、彼女に重なっていた。
ジョイの息子は、きっと「ケス」や「Sweet Sixteen」の少年のように成長していくだろう。パブの人々も皆、その後のケン•ローチ監督作品の登場人物たち。そう思うと、本作はとても大切な「はじまり」だ。当時は余りにも救いがない…と、どんより観終えた作品たち(「リフ•ラフ」「レディバード•レディバード」「マイ•ネーム•イズ•ジョー」などなど)を、改めて観返したくなった。