「【まあ、ドストエフスキー】」やさしい女 ワンコさんの映画レビュー(感想・評価)
【まあ、ドストエフスキー】
2021年11月のNHK・Eテレの100分de名著は、ドストエフスキーのカラマーゾフの兄弟を取り上げているのだけれど、このタイミングで、この作品の公開は何か理由があったりするのだろうか。
世界的に、夫婦の在り方も含めて家族というものに対する考え方は、ここ10年から20年で随分変化したと思う。
それでも、世界のあちこちにパターナリズム(父権主義)的な考え方は残り、そして、コロナ禍の下、DVが増加したという報道を目にするにつけ、暗い気持ちになる。
この作品はドストエフスキーの1876年作の「やさしい女」を1960年代のフランス、パリに置き換えたものだ。
1960年代は、アメリカで女性解放運動のムーブメントが起こり、それに呼応するかのように、こうした女性や妻の抑圧された状況の物語を映画として世界の人々に観せようとしたのだろうか。
この原作は、ドストエフスキーの作品の中でも、短いのはそうだが、読みやすいし、登場人物が少ないし、なんといっても、現代の僕たちの社会と比較して、登場人物を考察することも容易で、多角的な見方が出来そうにも思える。
映画は、更に、現代に置き換えられているので、今の価値観で、怒りが込み上げてくる人もいるだろうし、この2人の関係性や、妻の行動、そして、メイドの振る舞いについても疑問が出てきてもおかしくないように思う。
僕は、夫のパターナリズムはもとより、妻の行動の仕方や、気持ちの表現に、飛び降りる前にもっとチョイスがあるのではないかと考えたりもした。
よく、女性は男性に対して、単に話しを聞いてほしいだけで、助言など要らないという話しを耳にしたりするが、男女や夫婦の関係を変化させようとするのであれば、そんな主張で良いのだろうかと考えたりもする。
蛇足的な深読みだが、ちょっと怖いなと思ったのが、ベッドに横たえられた妻の脚が、両足首の所から足にかけて、ベッドのフット部分の縦のスチール・ポールの外に出されていて、死んでもなお、足の自由を奪っているように見えて、妻の抑圧された状況をこれでもかと見せつけているような気がしてちょっと怖くなった。
90分にも満たない作品だが、現代の僕たちの社会の抱える問題にも通じるようで興味深い作品だと思います。
ワンコさん、
micoは未鑑賞なんだけど本作の彼女の脚の描写が怖いほど繊細に記されていて、
もしこんなワンコさんみたいな人が彼氏だったらさぞかし、しんどいだろうな(笑)そんなことを思ったよ。