劇場公開日 2021年11月6日

「【ロードムービー三部作の②/(西)ドイツの苦悩】」まわり道 ワンコさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5【ロードムービー三部作の②/(西)ドイツの苦悩】

2021年11月26日
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ロードムービー三部作の二番目。

この「まわり道」は、冒頭のテロップで説明があるように西ドイツで、多くの賞を獲得している。

おそらく、この作品は、当時の西ドイツの苦悩を見つめているからではないだろうか。

経済的に急回復の途上にあって、戦後民主主義も根付いたが、決して消えることのないナチスの起こした戦争の責任。

このまま戦後民主主義をコアに経済発展を享受すれば良いじゃないかと考えるものがいて、戦争責任を忘れがちになることもある。

しかし、取り返しのつかない罪の呪縛から逃れられないもの。
ひた隠しにして生きようとするもの。
仮にまわり道であろうと、考える必要はあると信じるもの。
何ものにも囚われずに自分の価値観が優先されるもの。
戦争自体を知らないもの。

この作品は、作家志望の主人公ヴィルヘルムの視点から、あれこれ思い悩んで放浪してもしょうがないと終盤で思わせながら、思い悩むことを否定しない、ある意味、逆説的なアプローチを取っているのではないかと思う。

まわり道しても、前進は出来るのだと。

作家志望、元ナチ将校、連れの会話をしない大人びた少女、作家志望を慕う女優、放浪詩人、孤独な実業家。

だから、邂逅・再会、集い、一緒に旅をして、離れ離れになる物語を見せながら、誰をも否定しなかったように感じるのだ。

ヴィルヘルムを想う女優のテレーゼとミニョンが2人でヴィルヘルムの元を去ることには意味があると思う。

過去に囚われるものもいれば、そうではないものもいる。

これも時間の経過とともに見出される多様性のひとつであることに間違いないのだ。

ヴィム・ヴェンダースは、「まわり道」で、様々な彷徨を肯定して見せたのだと思う。

そして、作家が作品の中で、政治を語ることも否定などされていない。

日本でも、芸能人は政治の話しをするなみたいな批判が、ネット右翼などナチみたいな連中から浴びせられることがあるが、やれやれと思う。この人たちは、頭の進歩が止まっているのだ。

ところで、この作品は、ナスターシャ・キンスキーのデビュー作だ。当時、14歳。この作品のミニョンを見ると、幼さと大人びた感じが混在する感じが、微妙な揺らぎを非常に良く表しているし、この映画の価値観の揺らぎを更に引き立てていると思う。

僕は、バックパッカーをしていた時、ユース・ユーレイル・パスを利用して、鉄道で移動することが圧倒的に多かったが、車窓は進行方向に背を向けて座り、過ぎ去る風景を見る方が好きだった。
進行方向を向いていると、迫り来る風景は、あっと言う間に通り過ぎてしまうのに対して、去りゆく風景は、しばらく眺めていることが出来るからだ。

バックパッカーは気ままに見えて、トーマス・クックの時刻表を読み込まなくてはならないし、その日の宿も決めなくてはならず、ユースホステルも、あっという間にいっぱいということもあるので、けっこうタイトなスケジュール管理が必要だ。

だから、列車の中はゆっくり景色を眺めたくなるのだ。

トーマス・クックは、20年秋、コロナ禍の影響で破綻してしまった。

今は、オンラインで時刻表が見れるとはいえ、寂しい限りだ。

多くの人が、予定を決めず、旅をできるような状況になれば良いと願う。

ワンコ