「曲目は一つしか、わからなかったが、」ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ 詠み人知らずさんの映画レビュー(感想・評価)
曲目は一つしか、わからなかったが、
Perfect daysで、再びわたしたちの目の前に現れたヴィム・ヴェンダースの快作(99年)!パートナーは「パリ、テキサス」で音楽を担当したライ・クーダー。著名なギタリストであるライが96年3月、キューバを旅行した際に出会ったオールド・ミュージシャンたちと制作し、97年秋リリース、世界中で大ヒットした映画と同名のアルバムがきっかけ。
2年後の98年春、セカンド・アルバムを制作するライに密着して、ヴェンダースはハバナに行く。初めてのデジタルを用いた撮影だったと言う。
本作品では、最初に、98年4月、15人のメンバーによるアムステルダム公演の映像が出てきて、同年7月、ニューヨークのカーネギーホールでのコンサートで終わるが、二つを結ぶようにして、録音セッションと共に、オールド・ミュージシャンたちが、どの様に育ち、音楽と触れ合ってきたかが語られる。何と言ってもすごいのは、彼らの途轍もないエネルギー。
特に、ライがグループの中心に据えたイブライム・フェレールは72歳、家族を養うために音楽を離れて靴磨きをしていた。しかし、その伸びやかな美声には魅せられる。92歳にして子作りに励んでいたギタリスト、コンパイ・セグンド。引退して家に籠っていたピアニストのルベーン・ゴンザレス80歳。彼らの鍛え抜かれた音楽性、飾らぬ人間性がこの映画の根本を成していた。
ライとヨアキムのクーダー親子を入れて15人のビッグバンドだが、ツアーは大変だったと思う。キューバは、カストロやチェ・ゲバラによる革命の後、62年、ケネディとフルシチョフの抗争に伴う海上封鎖があって、米国とは断交、しかも援助してくれたソ連は91年崩壊しているから、経済的にも苦しかったに違いない。彼らは、よくヴィザがとれたものだが、ライたちのチームも大変だったろう。その分、撮影フィルムで見ても、発展を止めたようなハバナの街路、ボンネットの大きな旧式のアメ車が目立つ。ただ、音楽には奇跡をもたらしてくれた。過ぎ去り日のキューバのラテン音楽を保持していたオールド・ミュージシャンたちが甦る。
日本でも50~60年代、ラテン音楽の繁栄はすごかった。アルゼンチンのタンゴ、ブラジルのサンバと並んでキューバのラテン、ルンバ、マンボ、チャチャチャ、日本でできたドドンパなど。
この映画で、私にとって一番良かった音楽シーンは何だったろう。ルベーン・ゴンザレスの枯れたピアノに寄り添うように聞こえたライのスライドギターの演奏。ハワイアンでなじみのスティール・ギターにも似るが、音色はクラシック初の電子楽器テルミンを思わせた。
流れた曲の中で、それと知れたのはカーネギーホール終盤の「Quizas, Quizas, Quizas」だけだった。高校生の頃か、ディスク・ジョッキー(あの頃の言い方)の女性が「キサス、Perhaps、たぶん」と教えてくれたっけ。
オールド・ミュージシャンたちを再発見してくれたライ・クーダーと映像化してくれたヴィム・ヴェンダースに感謝。傑作である。