「「そこにありながら、ないもの」が生み出す情景。」パリ、テキサス すっかんさんの映画レビュー(感想・評価)
「そこにありながら、ないもの」が生み出す情景。
○作品全体
ロードムービーという前情報のみで見始めた本作。フランス・パリとアメリカ・テキサスを跨ぐスケールの大きな物語なのかなと思っていたけれど、実際には主人公・トラヴィスとそれを取り巻く登場人物の過去に向き合う朴訥なヒューマンドラマだった。
本作にはそこに存在はしているけれど、見えないもの、もしくは存在しなかったものが多い。中盤まではトラヴィスそのものがそうだろう。トラヴィスという登場人物が存在していながら、果たして本当にトラヴィス本人なのか、という疑念から始まり、それが払拭されても今度はトラヴィスの空白の4年間がなかなか見えてこない。
しかし、見えてこないからこそ新たに生み出す情景がある。トラヴィスとハンターの関係性がそれだ。
8ミリフィルムの中では仲良く過ごす親子だが、今そこにいる二人は記憶の断絶という壁を隔てた、単純に「親子」とはいえない状況にある。しかしハンターの中にはトラヴィスとの記憶があって、一緒に帰ろうとしなかった関係性から道路を隔て、そして並んで歩いて帰るところまでやってきた。この過程は記憶があったままでは見られなかった情景だ。そしてこの出来事があったからこそ、2人が、そこにはもういないけれど「話し、動いていると感じることができる(ハンターのセリフ)」という母親の実像を探しという同じ道を進むことになったのだろうと感じた。
終盤ののぞき部屋のシーンは、二人がそこにいながらミラー越しというシチュエーションの演出が素晴らしかった。
最初ののぞき部屋のシーンはトラヴィスの「ついにジェーンを見つけられた」という感情にフォーカスを寄せて、ロードムービーとしての到着を提示し、次ののぞき部屋のシーンではそれぞれがそこにいながら背を向けて「空白の4年間」を話す。そこに二人がいながらも、相手がいなかった4年間について触れる場面。相手へ言葉を向けながら、ただ一人だけで経験したことを独白のように伝える。二人の感情も含めた距離感の演出として、これ以上の構図はないと感じた。
ダイアログが続いたのぞき部屋のシーンから場面転換してハンターのいるホテルのシーンへ。
ジェーンがハンターと抱き合うシーンは無言が続く。前のシーンとのコントラストも素晴らしく、そしてそのコントラストによって二人の感無量な感情が際立つ。
ラストは夕景の中、一人車を走らせるトラヴィス。家族の輪に入らなかったのは、愛の理想に執着してしまった過去があったからだと感じた。そこにジェーンはいるのに、存在しない愛の形に執着をした過去、とも言い換えられるだろうか。それは酔っ払ってハンターに話した、トラヴィスの父の話とも重なる。そして、砂しかないテキサスのパリの土地に未だ想いを馳せるトラヴィスは、その甘美的な情景を拭い去れていないと自覚しているのかもしれない。
なにもない砂漠から始まり、現代的な高速道路とヒューストンの街並みで幕を閉じる本作。居場所や心情は異なれど、その時々にトラヴィスは理想の世界を抱えており、そして失ったものが存在している。その情景はどれも鮮やかでもあり、切ないものでもあった。
○カメラワークとか
・赤や緑、青が印象的な画面が多い。ウォルトの家から見る夜景と赤色の照明、手術室の緑、のぞき部屋の青。どれもビビッドな色だから印象に残る。
・ホームビデオの臨場感が好きだ。ピントの合ってない感じ、ズームが雑な感じ。一つ一つの仕草や表情が身内だけの表情だなと思わせるのも上手い。