「ブラックコメディを極めて恐怖を植え付ける反核映画の独自性」博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
ブラックコメディを極めて恐怖を植え付ける反核映画の独自性
SF映画の金字塔「2001年宇宙の旅」のスタンリー・キューブリック監督のもう一つの代表作で、米ソ冷戦時代(1947年から1989年)の核保有の緊張関係を大胆に風刺したブラックコメディの傑作。原作がイギリス空軍将校ピーター・ブライアントの『Two Hours to Doom/破滅への二時間』(1958年)で、その後ペンネームでピーター・ジョージの『Red Alert』に変更されたとあります。第二次世界大戦後の米ソの均衡が崩れた1962年のキューバ危機で核戦争寸前まで緊張が高まった事件が映画化の背景です。それでも、核戦争の恐怖を最初に扱ったスタンリー・クレイマーの「渚にて」(1959年)があり、このキューブリック作品と内容的に類似したシドニー・ルメットの「未知への飛行」(未見)も前後して1964年に公開されました。その後マイケル・カコヤニスの「魚が出てきた日」(1967年)、21世紀になってフィル・アルデン・ロビンソンの「トータル・フィアーズ」(2002年)と核の恐怖を警告しています。しかし、この中でキューブリック監督作品が一際異彩を放つのは、国家間の政治的対立から人類の破滅まで可能性があり、深刻ならざるを得ない核戦争の題材をブラックコメディにしたことです。それもコメディのジャンルには違いないものの、ユーモアよりホラーが観る者を襲い戦慄が走ります。コメディ好きでも、笑えるシーンは数える程でしょう。「市民ケーン」のオーソン・ウェルズと並び、アメリカ映画界の異端の天才であるキューブリック監督でしか創作しえない演出の一寸の隙も無い完璧主義。原作者ピーター・ジョージはコメディ改変に不満を覚えたと言いますが、ブラックを極めたことで真面目に描いた以上の恐怖を感じました。それは共産主義の侵略と教化を恐れるあまりソ連を総攻撃するR作戦を強行するリッパー将軍の狂気であり、爆撃部隊全34機で唯一通信手段を失った機長コング少佐の核爆弾に跨り歓喜の雄叫びを上げて落下する任務遂行の軍人の姿であり、国防省の作戦会議に同席した兵器局のストレンジラブ博士(このネーミングの奇抜さ)の偏執的な価値観と言動の三者三様の異常さにあります。
主演のピーター・セラーズは「ピンクの豹」(1963年)の当たり役ジャック・クルーゾー警部で有名でも、晩年の「チャンス」で名演を遺す喜劇俳優ですが、この作品ではストレンジラブ博士とイギリス空軍大佐マンドレイク、そしてアメリカ大統領マフリーの3役を見事に演じ分けています。コメディアンとして凝った芝居をこなすストレンジラブの可笑しさと不気味さ、律義なイギリス軍人マンドレイクの中庸を得た演技、そして当時38歳とは思えない貫禄で冷静沈着なアメリカ大統領をシリアスに演じ切っています。演技力と云うより別人格になり切るその憑依の役作りの巧みさが、この一筋縄ではいかないキューブリック作品を成立させています。助演のタージドソン将軍のジョージ・C・スコットも上手い。「ハスラー」「パットン大戦車作軍団」と観た作品は少ないも、どれもが存在感があり名優でした。秘書と密会する不謹慎さと、作戦会議では部下の使命感と技術を認め軍人として誇りを持っている将軍の現実を見通す諦観まで感じさせます。コング少佐もピーター・セラーズが演じる予定だったのを訛りの問題で代役したスリム・ピケンズ、サイコパスのリッパー将軍のスターリング・ヘイドンも共に好演でした。今回改めて調べて驚いたのは「ボクサー」、「スター・ウォーズ」シリーズ、テレビドラマ『ルーツ』、「フィールド・オブ・ドリームス」のジェーズム・アール・ジョーンズが空軍少尉役で映画デビューしていたことです。32歳の若いジョーンズ、まだ美声を響かせてはいませんでしたが、確認できました。
北極海側のソ連上空を飛行する爆撃機がR作戦を発令されてからの緊張感と、攻撃を受けて機器の破損から通信手段を失う緊迫した脚本の流れが素晴らしい。コックピットの再現度の高さはキューブリック監督のこだわりの凄さを見せ付けます。リッパー将軍しか知らない停止命令の暗号を聞き出すため、バーペルスン空軍基地にアメリカ陸軍の空挺部隊が進軍し、味方同士が殺し合うこの異常な戦場シーンのリアリティ。そこで結局、基地の部下が投降して、捕まるのを恐れたリッパー将軍がひとり銃乱射の抵抗を見せるのかと予想すると、拷問されるのが怖くてあっさり自死を選ぶ。そこからマンドレイク大佐が将軍の妄想からヒントを得て辿り着くところは省略されています。しかし、本当の怖さは、核攻撃を一つでも受けたら制御不能の自動装置で地球上の生物を全て絶滅する規模のコバルト爆弾が爆発することです。これは相互抑止の概念で、先制核攻撃を理論上抑止できることを意味しますが、この皆殺し装置の完成はアメリカに知らされていなかった。いや正確に言えば、サプライズで発表予定であったとする、あとの祭りの窮地に追い詰められます。勿論リッパー将軍が知っていれば越権行為は無かったかも知れません。爆撃機、空軍基地、国防省作戦室の3つの場面による2時間における軍人と政府高官たちの暗中模索のドタバタ劇の結末は、現実にあっては想像もしたくないジ・エンドでした。
核攻撃の発令は大統領だけが最終判断の権限であり、もしたった一人の異常な将軍によって強行されるならば、軍組織の暴走を抑える手立てが必要になるでしょう。元々戦争抑止のために核保有している理屈は、使わないから意味があります。これは、間違って使われたら最悪の世界になることへの警告として、観る者全てに恐怖を植え付けます。音楽ローリー・ジョンソンのセレナーデ調の優しい音楽の効果は皮肉と憂いを誘い、ギルバート・テイラーのモノクロ映像の陰鬱とした色調は人類の深刻な課題を提示します。キューブリック監督35歳の映画史に遺る傑作でした。
共感ありがとうございます!
自分はキューバ危機の時代を想像するしかないのですが、核戦争一歩手前の“笑い事ではない”状況だったんでしょうね。
その緊迫した状況を敢えてブラックな“笑い事”として見事に映画化してみせたキューブリックはGustavさんのおっしゃる通り「異端の天才」ですね!
Gustavさんの、映画だけでなく音楽や文学といった芸術全般に渡る該博な知識に裏打ちされたレビュー、とても参考になります!
フォローさせて頂きたくよろしくお願いします!
コメントありがとうございます。自分のレビューでは余り触れていませんでしたが、個人的には本作がピーター・セラーズの役者魂が最も炸裂している作品と感じています。心の内面の抑揚を静かに表現している「チャンス」ももちろん素晴らしい作品なのですが。
名優ジェームズ・アール・ジョーンズのデビュー作であったというのは知りませんでした。驚きですね。再度確認してみます。
本作初見時に強烈な印象であったジョージ・C・スコット演じる全く根拠や意味のない勝手な裏付けを強権的に人に押し付けようとするタージドソンのキャラクターが現在も各国の指導者達をも困らせているニ大国の大統領のキャラクターに非常に被っているなぁーと感じています。