「サスペンス以上にヒューマンドラマとしても傑出、見返すたびに新たな発見に息をのみますね。」天国と地獄 矢萩久登さんの映画レビュー(感想・評価)
サスペンス以上にヒューマンドラマとしても傑出、見返すたびに新たな発見に息をのみますね。
惜しまれつつ25年7月27日(日)閉館を迎える丸の内TOEIさんにて「昭和100年映画祭 あの感動をもう一度」(3月28日(金)~5月8日(木))と題した昭和を彩った名作42本が上映中。本日は黒澤明監督『天国と地獄』(4K版)を鑑賞。
『天国と地獄』(1963年/143分)
間違いなく日本映画史上最高のサスペンス作品。
身代金受け渡しシーンに実物の特急「こだま号」を1編成チャーターした大掛かりなロケ、同車両内でわずかに開く換気窓から身代金を投げ落とす有名なトリック、身代金が入った鞄を燃やすと桃色の煙が立ち上がるパートカラーの演出、公開後誘拐事件が多発し国会でも問題視、後日刑法が一部改正されるなど後世に語り継がれるエピソードに枚挙にいとまがない本作ですが、改めて見直すと脚本の素晴らしさ、登場人物の描かれ方がとにかく秀逸ですね。
特に間違って自身の運転手の息子を誘拐され、当初は自身の野心のため身代金支払いを逡巡、拒む製靴会社の常務・権藤金吾(演:三船敏郎氏)が徐々に人間らしさに取り戻し、身代金の支払いに応じていく心変わりを丁寧に描く過程は、ありふれた清廉潔白、聖人君子ではなく人間臭く、観客が共感できる人物像として描かれている点は出色。
権藤の対置として、自身の保身や出世のために権藤と敵対する重役らに懐柔、彼を裏切るエリート秘書・河西(演:三橋達也氏)の人物設定も実に上手く、サスペンス以上にヒューマンドラマとしても傑出しています。
その他配役も犯人を追う冷静沈着だが内に熱いものを秘める戸倉警部(演:仲代達矢氏)、いかつく情に厚い田口部長刑事(演:石山健二郎氏)はじめ、ひとり一人の刑事の描かれ方も個性的で丁寧に描かれ、敵対する重役たち(演:伊藤雄之助氏、中村伸郎氏、田崎潤氏)も実に憎らしくて良いです。
なかでも誘拐犯・竹内銀次郎(演:山崎努氏)の狂乱した迫真の演技は、本作で山崎努氏が本作で一躍注目を浴びたのも納得、鮮烈なラストシーンですね。
ヘドロまみれのドブ川に映し出させる竹内のファーストカットも「これぞ黒澤明」という見事な演出、見返すたびに新たな発見に息をのみますね。