ツイン・ピークス ローラ・パーマー最期の7日間 : 映画評論・批評
2020年11月3日更新
1992年5月16日よりロードショー
デビッド・リンチの「ローラ・パーマー愛」、そして「The Return」攻略ガイド
かなり不幸な形で終わったTVシリーズ「ツイン・ピークス」の映画版を、デビッド・リンチは何故作りたかったのか。ずっと疑問でした。
そしてつい最近(2020年10月24日)、日本語訳が発売されたリンチの自伝本「夢見る部屋」で疑問が解けました。リンチは次のように語っています。
「なぜローラ・パーマーが大好きなのかは自分でもわからないが、とにかく好きなので、死ぬ前の日々に彼女が何をしていたかに立ち戻りたかった。『ツイン・ピークス』の世界にとどまりたかったんだが、変な時期だったもんでね。その頃はみんな『ツイン・ピークス』には食傷気味だったから、売り込みに苦労したよ」
実にシンプルな解答ですが、これで合点がいきました。この映画は、リンチのローラ・パーマーに対する愛の集大成なのです。また、ブームが去った後なので、制作費を調達するのが大変だったことも分かりました。
TVシリーズ版は、スタートの時点でローラは死体です。だから、回想シーンや「赤い部屋」以外、彼女が登場するシーンはありません。リンチは殺される前の、元気で、セクシーで、皆に愛される(色んな意味で)ローラの物語を作りたかった。
しかし本作は、主人公のローラが殺害されることは必然で、あまり楽しいものにはなりません。徹頭徹尾、暗くて辛くて、しかも痛い。
また、TVの放送コードでは表現できなかった暴力やセックス描写が、よりあからさまに描かれています。「ローラ・パーマー、そんなに頑張るなよ!」と言いたくなる。
ワールドプレミアが行われたカンヌ映画祭でもブーイングの嵐で、批評家たちやクエンティン・タランティーノが、辛辣な感想を語っています。興行的にも、北米、ヨーロッパともにかなり厳しい結果に終わりました。
ところが、「ツイン・ピークス」ブームが遅れてやって来た日本だけは例外で、カイル・マクラクラン来日キャンペーンは異常な盛り上がりを見せ、興収15億円クラスの大ヒットを記録しました。
そして今日、「ツイン・ピークス The Return」のリリースを経て、この「最期の7日間」の役割は大幅に変化しました。新たな役割は、とにかく謎の多い「The Return」を紐解くための「攻略ガイド」あるいは「原典」としての機能です。リンチは「最期の7日間」と「パイロット版」を2大正典とし、それらの設定やコンテクストを流用して「The Return」を創造しているからです。
1つ例を挙げましょう、「最期の7日間」のオープニング。カメラはTV画面の青いノイズを映しています。画面にどんどん寄っていって、クレジットシークエンスが終わると、TV が斧で破壊され、女性の悲鳴が。テレサ・バンクスが、キラー・ボブが憑依したリーランド・パーマーに殺されるシーンです。
また、殺人現場を検証するデズモンド捜査官(クリス・アイザック)が、部屋にあるコンセントや外の電線、電柱を見つめるカットがあります。これらは、殺人鬼(キラー・ボブ)が、電線や電気機器を通じて、人間(リーランド)に憑依することを示しています。ローラ・パーマーの自宅では、天井のファンがボブの出入り口です。
「The Return」ではもっとあからさまに、クーパー捜査官が電源ソケットからニュルニュルと排出してくるシークエンスがありました。リンチの映画には「電気」や「火」がやたら登場します。中でも「ツイン・ピークス」では、電気や火が、邪悪な精神や物質を移送させる役割も担っていることを覚えておいてください。
「最期の7日間」には、デビッド・ボウイもFBI捜査官役で登場します。このフィリップ・ジェフリーズ捜査官が「The Return」にもかなり特異な姿で現れる。ここも完全にリンクしています。「The Return」を見る人は、「最期の7日間」を先に見るべきです。「かつて見た」という人も、もう一度見てから「The Return」に取りかかるべきでしょう。
(駒井尚文)