劇場公開日 2007年6月30日

「百花繚乱。色鮮やかな世界で綴られる 、その生き様。」ボルベール 帰郷 とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0百花繚乱。色鮮やかな世界で綴られる 、その生き様。

2022年8月31日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

泣ける

笑える

知的

赤と黒。他にも散りばめられる色彩。色使いが独特で印象的で、雄弁に語る映画。
エンディングにも美しい花模様が咲き乱れる。エンディングまで必見です。

 そんなエンディングを観ながら、ライムンダが主人公なものの、いろいろな生き様の、いろいろな性格・佇まいの、いろいろな美しさを持つ女性を描きだした映画かと思ってしまう。
 女性たちの輝き。生活のために働き詰めの中年女性なのだけれど、蘭のような華やかさを持つライムンダ。ひっそりと隠れて生きているのだけれど、白髪。皺まで美しい薔薇のようなイレーネ。野に咲く百合のようなソーレ。……なんと美しい事よ。
 目を引くライムンダの衣装だけでなく、母が何気にワンピースに合わせるカーディガン、地味目の姉の地味だけど色彩の美しいエプロンと服の組み合わせ、アグスティナの髪型…そういう小道具?までがその人物がどういう人か語りだす。
 それでいながら、祖母、母(=ライムンダ)とその姉、娘、実家の隣人だけでなく、ライムンダのレストラン他を助ける隣人達のなんと地に足付いた生活模様。
 たくましくももろく。もろくもたくましい。

いるいるああいう女性たちというのが満載。
 シーンの一つ一つは本当に丁寧に作られていて、ある臭いが話の展開のキーになるとか、葬式を巡るやりとりとか、生活感あふれ、かつ笑ってしまうようなエピソード満載。つい隣の家で起きている日常を垣間見ている気分にさせる役者の演技力。カンヌでの受賞も納得。

だが、話の大筋はとんでもない事件が幾つも仕組まれていて…。う~ん、このネタだと私は泣くはずなのに何故か泣けない。
 えっと、そこで死んだはずの母を受け入れるの?無邪気な姉や娘はまだ解るけど、いろいろな葛藤をもっているライムンダも? アグスティナは自分の母をイレーネに殺されたと疑っているのに、看護人としてイレーネを受け入れるの?
 私の感覚だとあり得ないことが、心情変化のプロセスなしに展開する。「なんで死んだふりしていたの?」と母にかみつき、徐々に和解…私だったらこういうプロセスがないとやっていられないけどな…。
 そんな私の常識なんてお構いなしの世界。女たちの共同体。男たちが何をしようが、生きていくためには、すべてを内包しつつ、揺るがないとでも言いたいような。
 泣かせる為の映画ではなさそう。
 冒頭にも書いたさまざまな女(母として、娘としても含む)の生きざまが花開いている映画なんだと思う。

「volver」:スペイン語で戻るとか繰返という意味の動詞。『帰郷』という邦題は一面しか表していないようで腑に落ちない。
 けれど、あることで、母との間に葛藤が起こり、姉や近所の人とはうまくやっているけれど、あの秘密も一人で抱えて気張っていたライムンダが、ありのままの自分を受け止めてくれる場所に、再び巡り合い…。”ふるさと”という、現実的な土地を指すのではなく、親に守られていた安心感を思い出せる”ところ”への”帰郷”というのなら、テーマそのものだ。

 テーマは劇中で歌われるタンゴの名曲『Volver』。
 捨て去りたい過去から逃げても結局は過去が戻ってくる、それにしっかりと向き合うことというより向き合わざるを得なくなる…そう考えると冒頭がお墓のシーンというのがものすごく意味深に思えてくる。
 大切のなものを守るため、秘密は墓までもっていく。恐怖に耐えきれなくなる夜もあるけれど。
 その想いが、人を強くし、脆くする。でも、そんなことも含めた、ありのままを受け止めてくれる人がいたら…。

『Volver』良い題だ。

 とはいえ、この女性達に起こった悲劇は連鎖として繰り返されませんようにという願わずにはいられない。

とみいじょん