「フィクションを史実と勘違いさせる問題作」私は貝になりたい harehorehireharev3さんの映画レビュー(感想・評価)
フィクションを史実と勘違いさせる問題作
この映画はフィクションです。
『一兵卒が日本国内で戦犯として裁かれ、死刑になる」というのは史実ではあり得ない』
という点については指摘されている方も多いですが、それだけではありません。
本作品の矢野中将のモデルとなった実在の人物はおそらく岡田資中将だと思われます。
この人は「部下の行為は自分の責任において行われた事」と主張して部下をかばった点については矢野中将と共通していますが、同時に裁判においてこう主張しています。
「(米軍爆撃機の)搭乗員はハーグ条約違反の戦犯であり、捕虜ではない(ので、処刑しても捕虜虐殺には該当しない)」と。
実際、ハーグ条約やジュネーブ条約を見ると、捕虜として扱われる為には幾つかの条件があり、その一つに「戦争の法規及び慣例に従って行動していること」とあります。
B29の搭乗員は大量の民間人を虐殺している為に該当しないので、当時の戦争法規ではその場で殺されても文句は言えないのですが、GHQはB29の搭乗員を捕虜と見なす一方、彼らを処刑した日本軍将兵を戦犯に仕立て上げ、処刑しました。
これもまた、極東軍事裁判の不公平さの一つなのですが、本作品の脚本担当の橋本忍氏はどういうつもりでGHQの見解を是としたのでしょうか?
ちなみに「戦犯として処刑する前に所定の裁判に掛けないのはジュネーブ条約に反している」という意見もありますが、ジュネーブ条約が戦後の1949年に改定された後の話です。第二次大戦中にはその一文はありませんでした。
少なくとも、岡田中将が裁判の席で前述の通り主張し、裁判の席で徹底抗戦をしていますが、本作品で矢野中将はその種の主張をすることなく自動的に日本軍が悪かった事になっており、「日本軍の中の誰が悪かったのか」に時間が割かれています。
余談ながら「私は貝になりたい」という台詞の元ネタである加藤哲太郎氏ですが、彼が一兵卒だった頃、八路兵(中国共産党軍)の処刑を命じられ、意義を唱えた時に「上官の命令は天皇の命令」と言われたエピソードですが。
加藤氏の手記には八路兵の罪状が記述されていないのですが、多分国際法違反の便衣戦術(戦争法規に定められた軍服着用や武器の公然とした携帯を行わずに戦闘する)の実行だったと思われます。
また、捉えた米兵が瀕死の重傷だったというケースが実際にあり、戦後の裁判で命令した大尉が処刑されていますが、その大尉は「既に手の施しようのない重傷である為に安楽死させた」と主張しています(また意見具申した部下がいたが、裁判で名前を出さなかった)。
それが正しいかどうかはともかく、史実では自分達の行動の理由を主張しているのに対して、本作品で日本軍将兵は誰も説明していないのは史実に反します。
まあ、命令が下に行くに従って変質し、誰の意思で処刑となったのかが曖昧になってしまったからですが、実はそういうケースも存在します。
ですが、それはあくまでも「そういうケースもあった」という一例にすぎません。しかし(他のサイトの話ですが)本作品を鵜呑みにして「これが日本軍の体質だった」としたり顔で語る者まで出てくる始末です。
それと『上官の命令は天皇陛下の命令』という言葉は当然日本軍にしかありませんが、上官の命令が絶対であるのはどの国の軍隊も同じです。
明治政府は近代的な軍隊の構築を西洋から学んだという事を思い出してもらいたいものです。
とにかく、本作品を見て大いに泣くのは結構ですが、本作品を一部でも史実と勘違いして実在の戦争を語るというのは大いに問題があると思います。
ここは、映画の感想について書く場です。歴史認識に対する批判は別のところであげましょう(ちなみに、僕も東京裁判は連合国がわの不当な行為だと思います)。