劇場公開日 2008年5月24日

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「味わい深いシリアルキラー」Mr.ブルックス 完璧なる殺人鬼 luna33さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0味わい深いシリアルキラー

2024年8月14日
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鑑賞方法:VOD

怖い

知的

なかなかユニークな作品だと思う。
通常シリアルキラーものって我々のような凡人には理解しようのない「あちら側」のお話だと思うのだが、依存症となると急に「こちら側」の生々しいリアルな話になってくる。本作品でも主人公ブルックスをサイコと言うよりは依存症として捉えるスタンスのため、殺人を繰り返す男の葛藤や苦悩などを描く事により、ほんの少しだけ殺人鬼の心情に寄り添う形になり、観る側も妙に生々しい「怖さ」をリアルに味わう事になる。

また彼にとって殺人は決して快感などではなく出来るなら本人も辞めたいと思っている、というのもある意味面白い。サイコ野郎って普通は(?)殺人を楽しんでいると思いがちだが、そういう固定概念のハシゴが外される事で物語の展開が途端に読みにくくなる。

怒涛のラストも見事だった。スミス君に殺される事を願いつつ、死ぬのか殺すのかギリギリまで分からない(しかも本人ですら迷っていた)。さらにせっかくスミス君を殺人鬼「サムプリント・キラー」に仕立て上げたのに、事件を追う女刑事アトウッドにわざわざ連絡を入れて縁を切ろうとしないブルックス。そして何より娘ジェーンの殺人願望に気づくブルックスの絶望、そしてラストでは眠っていたはずのジェーンにいきなり首を刺されるというどんでん返し、さらに「ジェーン!」と絶叫して夢から目覚めるブルックス、激しく動揺しながらベッドで「アーメン」と祈りを捧げる。最後の最後まで良心と狂気が激しく入り乱れる展開は、他とはひと味違う面白さだったと思う。

見方によってはどの人物もエピソードも中途半端に描いてるようにも取れなくもないが、僕はこの中途半端さこそがまさに「リアル」であり、結果的に彼らのその後をあれこれ想像してしまう「余韻」としてすごく味わえると感じた。特にサスペンスやスリラーなどでは辻褄が合ってないと冷めてしまう事も良くあるが、時に物語は「完全じゃない方が面白い」という事もあると思うのだ。結局のところブルックスという殺人鬼はあらゆる矛盾を抱えて生きている男だ。なので彼の思考に辻褄など合うわけもなく(犯罪者としては完璧だが)、だからこそ「不完全さ」が逆にリアリティとなり得るし、余白を残してくれる事で観客は観終わった後も味がしてる状態をしばらく楽しむ事が出来る。僕はそういう映画が特に好きなのだ。

とは言え本作品は物語が破綻しないよう実はかなり用意周到に練り上げて作られている事にも気づかされる。所々の伏線がとても重要なのだ。特にブルックスが墓地でスミスに撃たれる際に見せた表情などは鳥肌ものであり、思わず「タクシードライバー」のラストを思い出してしまった。つまりブルックスの殺人願望はいつか止まるのだろうか?という疑問には、あの時の彼の目が「答え」になっていると容易に想像出来る。またジェーンのその後であったりアトウッドとの関係性であったり、観終わってからあれこれ想像するのが何とも味わい深い。

またこの作品ではマーシャル(ウィリアム・ハート)という男(もう一人の自分)を最初から登場させることで話が非常に分かりやすくなり、この作品を正しく導くガイドとして上手く機能していたのではないだろうか。ブルックスという究極の二面性を持つ男を彼の言動だけで描こうとすると説明的過ぎてしまったりするし、そうならないようにすると伏線が多過ぎたり難解になってしまったりと色んな問題が生じると思うのだが、今回の手法はその全てを上手く解決させたと思う。ウィリアム・ハートの役割としては存在感も強烈だったし効果はテキメンだったのではないか。もちろん主人公ブルックスのケビン・コスナーも素晴らしかった。知的で愛情深く、かつ病的なシリアルキラーを絶妙に演じてくれた。

非常に巧妙に作られた作品で、僕的にはなかなかの傑作だと思う。

luna33