神が父親の自己中を救った。父親、Hashemは、かれの母親に『モハメット」のことが心配かと訪ねた時、彼女が『私はあなたが心配だ。』と自分の息子に言った。この言葉はこの作品で一番重く私の心に響いた。父親は恵まれた境遇に育ってはいなかったが、それでも彼の母親は人間として生きることを教えたようだ。でも、そうにはならなかったから、それを案じている母親の気持ちがよくわかった。
マジッド・マジディ監督のThe Willow Treeも鑑賞したが、アラーの神が必ず人を救うように作品が描かれている。また、初頭に言葉でアラーを賛美している。自分の盲目の息子を捨てようかとその機会を伺っている父親、Hashem。Hashemは信頼している母親を亡くし、また嫁になる女性の家族から縁談を断られ、大切なもの全てを亡くした。自分の事ばかり考えて、母親にもそれを指摘されているHashemを神は諦めなかった。神の愛は本当に素晴らしいと思う。濁流の中を流れていくモハメッドをじっと見ていたHashem。アラーの神はここで最後の機会でもあり試練であることをHashemに与えた。Hashemはこれを受けた。最後のシーンだが、モハメットもHashemも別々の形の神の愛をもらって、二人は一つになった。二人は神の愛をここで初めてもらったと感じた。
イランの教育の典型がここにも出ている。先生中心で、音読、そして、暗記を基本としている。いつかは知らないが、テヘランの盲学校の点字教育は力を入れているのかもしれないが、父親がいうように障がいを持つ子供には一人で生きていくため技術(この場合は木工)を身につけさせた方がいいと思っている人は今の世でも少なくないと思う。そしてまた、モハメットが健常者(障がいを持っていない人のことをなんていうかしらない)と一緒に勉強したいと言うように、インクルーシブ教育の必要性も神の愛とともにテーマになっているのかもしれない。