「止まっていた時間がようやく動き出す」あなたになら言える秘密のこと Cape Godさんの映画レビュー(感想・評価)
止まっていた時間がようやく動き出す
総合:90点
ストーリー: 95
キャスト: 85
演出: 80
ビジュアル: 70
音楽: 70
イギリスの辺鄙な片田舎の平和な社会において、場違いで想像もしてなかった秘密がまるで青天の霹靂のように突然に明かされる。常人には耐えられないほどの話が。
感情を失ったかのように世間からも目立たぬようにひっそりと生きるハンナ。偶然が重なり彼女の休暇中に介護をすることになった相手は石油採掘基地で働くジョゼフ。彼は目が見えないのにほとんど口もきいてくれないハンナ相手に軽口をたたくが、実は彼には体だけでなく心にも大きな傷があった。
少しずつ彼女の信頼を得ていたジョセフが自分の苦悩をさらすことによって、思いもよらずハンナの堅く閉ざされた心の扉を開けることになった。それがきっかけで彼女は、普通の人も映画の視聴者も到底想像が出来ないあまりに悲惨な秘密を打ち明けることが出来た。それまで水面にわずかに起こる波紋のように静かだった物語は、まるで洪水を引き起こす急流のように激しく動く。
ハンナにとっては心の底に沈めておかなければ自分自身が耐えられないほどのことであったろう。心の傷を持っていたジョセフだからこそ、ハンナは普通の人には受け止めるのにあまりに重く一生自分の心の底に封印しているつもりだったことを話すことがを出来たし、また彼もそれを受け止めることが出来た。
このときまで彼女はただの生ける屍に過ぎなかった。苦しみながらただ呼吸をし若くして老いていき死を待つばかりの人生だった。しかし本当は一人で抱え込むには大きすぎて辛すぎる秘密だった。無言電話もそのためであろう。興味本位や仕事だからではなく、心からの理解者を彼女は本当は深層心理では欲していた。そして今ようやく彼女は理解者を得た。彼女に何が起きたのか、彼女は何故喋らないのか、彼女は何故人と関係を持とうとしないのかをわかってくれる人を得た。あのときから何年間も止まっていた彼女の感情と時間は、苦悩を抱えつつ今ようやく未来に向けて動き出す。
いったい誰が油田の採掘施設の事故からこのような話の展開を予想できるだろうか。まったく意表を衝かれる物語。この話は戦争被害者というだけではなく、ボスニア紛争における人道犯罪という問題を含んでいる。戦争に関わった兵士だけでなく、民間人でも非戦闘員でも何をしても虐殺してもかまわないという思想の下での被害者なのである。彼女は戦争に巻き込まれたのではなく、戦争における人道犯罪・市民の虐殺行為に巻き込まれ人権を無視した虐待を受けた被害者である。それは戦争以上に重大な意味を持つことが多い。
個人的な話ではあるが、昔から私はこのような民族浄化や極端な人権無視に興味があり多少調べたりしてきた。また偶然ではあるが一連のユーゴスラビア紛争に巻き込まれた被害者も直接知っている。それだけにこのような主題に余計に関心を示してしまう。娯楽としてだけではなく、「サラエボの花」と同様にそのような行為を世間に知らしめる意味でも大切な映画である。