「母の映画」珈琲時光 yutakさんの映画レビュー(感想・評価)
母の映画
【72点】
この作品のテーマとして監督の語る「珈琲を味わうときのように、気持ちを落ち着け、心をリセットし、これからのことを見つめるためのひととき」という言葉通りの、穏やかな雰囲気の佳作でした。この作品のオマージュ元である小津安二郎『東京物語』を、残念ながら私はまだ観ていないのですが、それでも十分楽しめました。
物語は、一青窈演じるヒロインと浅野忠信演じる友人の交際を軸に進行していきます。浅野忠信が登場するたびにBGMとしてピアノ曲が響くのですが、この作品内でのピアノは、台湾出身の作曲家・江文也を表しています。つまり一青窈と浅野忠信の関係が、江文也と(インタビュイーとして作中に登場する)江乃ぶ夫人との関係のようにこの先進展するであろうことが暗示されているのです。
ヒロインの一青窈が妊婦であることに表されるように、この作品の主題は「母」だと思います。作品全体を通じて、胎内を意識したような逆光のライティングが多用されていました。また、登場人物もさまざまな「母」の属性を持っています。妊婦である一青窈はもちろん、一青窈の母親(父親に殆ど台詞がないのは象徴的です)、マザコンの彼氏(彼の作る傘は外界を遮る子宮の象徴でしょうか)、そして、電車のガタゴトいう振動音を、母の心拍を慕う胎児のように追い求める浅野忠信です。彼が胎児と関係していることは、中盤で提示される絵を見れば明らかです。
将来、一青窈が出産するときには、胎児であった浅野忠信もまた新しい行動を起こすのでしょうか。そうした変化が起こる前のひとときの準備期間が、この作品ではゆったりと描かれていました。この作品の舞台である古い町並みが感じさせるノスタルジーというのも、我々日本人にとっては一種の母親なのかも知れません。