サンセット大通りのレビュー・感想・評価
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A tale of a lost man caught in a ...
A tale of a lost man caught in a Venus fly trap with mortal consequences. The film has the quirk of Hitchcock film; You might think you are in the same mansion as Rebecca. The plot of a needy man in servitude to a royal middle aged woman might feel like an allegory to some. Art for art's sake at times. You can feel the speed of the Hollywood ages passing by in this time capsule-in-a-time capsule.
虚構に住む失われた大女優の悲劇
美醜・光影
ずっと戻りたかったあの場所
売れない脚本家ジョーをウィリアム・ホールデンが、かつて無声映画の女王と評された女優ノーマをグロリア・スワンソンが演じる。
執事とノーマの関係性に驚く。
ヴィヴィアン・リー主演映画「 欲望という名の電車 」を思い出した。
NHK-BSを録画にて鑑賞 ( 字幕 )
虚構の世界に生きる人々を、ビリー・ワイルダーが見事な脚本と演出で…
キネマ旬報ベストテンでは「イヴの総て」
「わが谷は緑なりき」「オルフェ」と競って、
第2位に選出された、冒頭と結末の衝撃的な
ビリー・ワイルダー監督作品。
1951年日本公開で、私的には、
丁度40年前に劇場鑑賞していたが、
死者のモノローグによる映画なんて
他にあっただろうか、と思う
ハリウッドの光と影を背景とした悲劇を
描いていた。
既に狂気の世界にいるサイレント映画の
かつての大女優はもとより、
脚本家と脚本部の娘との
新年前夜のパーティでの遣り取りでも、
ハリウッドに生きる人々は
如何に虚構の世界に生きているのかを、
さも自虐的に描く中、
そもそもが、往年の名女優を育てたのが
実は現在の執事であり、
彼はかつては名監督で最初の夫だった
ということ自体が型破りの設定なのだが、
そんな内容を違和感なく見事に
まとめ上げる脚本と演出に私は魅了され、
「アパートの鍵貸します」と「情婦」の
特に大好きなワイルダー監督ではあるが、
この作品でも、
彼の力量を改めて再認識することになった。
それにしても、バスター・キートンが
カメオ出演していたことには
気付いたものの、
セシル・B・デミルについては
誰かが演じているものと思って観ていた。
しかし、
終わった後に本人だったことを知り、
おまけの驚き付きの再鑑賞ともなった。
現象を映しても映画にはならない
オールドタイプとニュータイプの狭間
忘れ去られた女優の勘違い
グロリア・スワンソンの名演技
この映画の魅力は何といってもグロリア・スワンソンの名演技につきる。
かつての大女優も映画の出演がなくなっても、かつての栄光をいつまでも夢見る姿がなんとも悲しい。映画での設定は50歳だが、実際の彼女もこの当時50歳なので本人の生き様とダブっている。今なら50歳なら現役でバリバリやれる年齢であるが、その当時はそういうことだったのかな。
なお、ベティ役のナンシー・オルソンはご存命のようで、96歳。
ブルーバードを青い鳥だと持っていた若い頃が私にもありました
ロサンゼルスにある大邸宅のプールで、男の死体が発見された。男は売れない脚本家だった。その殺人に潜むエピソードが明らかになっていく。
売れない脚本家のジョー・ギリスは金がなくて困っていたが、金貸しから逃げる途中で、ひょんなことから入り込んだ大邸宅で、往年の大女優ノーマ・デスモンドと出会う。ノーマに気に入られてそこに住むようになり、人生が変わっていく。華やかな映画界への復帰を目指すノーマに、パラマント社から電話があった。要件は車を貸してほしいことだったが、本人は自分への出演依頼だと思い込み、撮影現場に乗り込んでいく。旧知の監督や撮影スタッフと旧交を温める中で、ノーマはさらに復帰への妄想を膨らませて、エステに励むなどして復帰を目指す。一方のジョーは、婚約者がいるベティと恋仲になるが、召使のマックスからノーマにはくれぐれも知られないようにと忠告される。マックスはノーマの最初の夫であることも知らされる。しかし、忠告もむなしく二人の関係はノーマの知るところとなり、ジョーは事実を洗いざらいぶちまけて邸宅を出ていこうとする。ノーマはジョーにピストルを向けて数発発射して殺してしまう。すぐに警察、マスコミ、やじ馬が集まった。彼らが集まったところで、ノーマは2階から降りてくる。スターであるかのように自身が書いた脚本のサロメを演じながら。
アカデミー賞11部門にノミネートされて、主演女優賞を含む3部門の受賞にとどまったが、これは同年に公開された『イヴの総て』が強かったからのようです。アメリカ国立フィルム登録簿には、創立された1989年に登録されているとのこと。つまり、名作中の名作と呼べる作品です。
栄華を極めた人の執念、裏切ることへの報い、屈折した愛情といったあたりが作品のテーマでしょうか。普遍的なテーマなので今リメイクしても面白い気がしますが、オリジナルで完成度が高いので、リメイクする勇気が出ないかもしれませんね。
日本版を作成するなら、ノーマ役は誰でしょうか?女優さんではないのですが、私は小林幸子さんがフィットするのではないかと思いました。執念とか執着とか似合いそうですよね。
ところで、英語では大通りのことをBoulevard(BLVD)と表すが、初めてアメリカに行ったときはそんなスペルであることは知らないので、青い鳥(Blue Bird)にしか聞こえなかった。
変化を受け入れられない人間
ノーマは時代や周囲の状況の変化を受け入れ、自分を変えていくことができなかったのだろう。だから自分が活躍していた時代のサイレント映画を至高だと考え、音声有りの映画を否定するし、身の丈に合わなくなった豪邸(古めかしいが)に住み続ける。変化を受け入れられないから、主人公のギリスが自分の元を去っていくのも許せず、彼に執着する。そんな人間の暗部が描けているのが秀逸な映画。
時代の変化に合わせて新しいことを学ぼうとしなかったり、かといって変化していく現状も受け入れられない人間は、大なり小なりノーマのような人間になっていくのだろう。こういった人間は、まず現状を認識して受け入れるところからスタートすべきなのではないか。
人間の暗部を描くストーリーだったり、冒頭のプールの水死体から始まる構成だったりが、マーティン・スコセッシ監督を思わせる映画だった。彼もこの映画に影響を受けたのだろうか。
圧倒的に映画的な
【”スター女優は年を取らないモノよ!そして映画こそ我が人生。”哀しきサイレント映画時代の大女優が夢にまで見たハリウッドへの復帰を望む過程を売れない脚本家との絡みを軸にシニカルに描いた作品。】
■ハリウッドの売れない脚本家ジョー・ギリス(ウィリアム・ホールデン)はある日、借金取りに追われて逃げ込んだ屋敷で、隠居生活を送る往年の大女優ノーマ・デズモンド(グロリア・スワンソン)と出会う。
彼女から脚本の執筆を依頼されたジョーは、住み込みで働き始めるが、やがて生活の全てを束縛されてゆく。
◆感想<Caution!内容に触れています。>
・今作を観て思ったのは、邦画が誇る大女優、原節子さんの生き方である。石井好子さんによる「原節子の真実」によると、彼女は自分の女優としてのピークを知った時点で潔く映画界を去ったとされている。
その後は、表舞台に一切出る事は無く、生涯を終えたと記されている。
この本は、時折目を通すのであるが、哀しい想いと女優として一世を風靡した方の見事なる生き様を描いた作品だと思っている。
・今作では、トーキー時代の大女優ノーマ・デズモンド(グロリア・スワンソン:実際に大女優だったそうである。)が、昔日の栄光を忘れられずに大邸宅に自らの若き日の写真を飾る姿や、ジョー・ギリスを抱き込み、再び銀幕のスターになるべく加齢に対し涙ぐましい努力をする姿が描かれている。
ー だが、彼女は徐々に過去の栄光と、現実との違いが分からなくなっていく姿が哀しい。-
■驚いたのは、後半明らかになる慇懃なまでにノーマ・デズモンドに仕えるマックスが、且つては彼女の夫であり、且つ映画監督だった事が判るシーンである。
<今作を観ると、多くの映画女優さんの加齢により美貌が失われて行く中、その立場を保とうとする姿を考えると、複雑な気持ちになってしまう。
私は、ゴシップ記事には全く興味が無いが、有名女優さんの加齢により容色が衰える様を面白おかしく書く記者には”お前は、年を取らないのか!”と思う時が偶にある。
少し、脱線したが今作はその様な視点で名女優だった女性の哀しき人生を描いた作品であると思う。
ラスト、ジョー・ギリスを撃ち殺したノーマ・デズモンドが、全てを忘れ螺旋階段を多くのフラッシュに映されながら、至福の表情で降りて来るシーンは名シーンだと思います。>
今更、南北戦争?
『映画は俳優だけで見せているのではない』と言う台詞があったが、どの場面だったか?
でも、それに共感する。映画を鑑賞する者に俳優の演技力なんか分かるはずもない。分かるとすれば、歌がうまく歌えるとか、踊りのキレが良いとかだろう。
パラマウントが『風と共に去りぬ』を選ばなかったのは『今更、南北戦争?』って凄く共感する。『MGM』も『パラマウント』もユダヤ系の会社であろうが、より多くのユダヤ系アメリカ人が活躍していたパラマウントでは、ナチス・ドイツへのレジスタンスでこう言ったアイロニーに満ちたセリフができたと思う。
パラマウントのオーナー(?)が金がない事を嘆くが、時代が遡るこの20年はそれでアメリカンドリームを藻屑にした者が沢山いた。最近の『バビロン』と言う映画にも描かれていると思う。
芸能界は群雄割拠な場所だ。映画賞をとっても、翌年には服役しているような者もいたと思う。つまり、尋常ではないお金が動く世界なのだろう。そう言う意味では日本もそうなのだろうが、日本は過去の行いや門地を問わない民主的でクールな業界なのだ。アイドルだった人が綺麗なおばあちゃんを演ずる事が出来る。見る者も作る者も、フトコロの深い人達が大変に多い。
ガキの頃 年末年始の特番とかで見た可能性があるが、ガキだったので、理解できるわけもなく。こう言ったストーリーは火曜サスペンス劇場を初め、色々な別のストーリーとして取り上げられている。だから、初見かもしれない。そう言えば、刑事コロンボにも全く同じストーリーがあった。
追記
この屋敷に出て来る駐車車庫は『サブリナ』の駐車車庫?
追追記
最初に戻るが映画は『俳優ばかりで。。』って、この映画はある意味アイロニーなんだと思った。監督が二人も出演し、無声映画役者が多数出てセリフを喋り、おまけに演じた監督はアカデミーまでとっている様だ。
あの人は今・・・〜ハリウッド残酷編〜
この作品はハリウッドの残酷すぎる内幕を描いた傑作なのですが、映画業界に限らず、全ての業界において現代に至るまで現実に起こっている悲劇なのではないでしょうか。人気の絶頂にあったサイレントの大女優が、トーキーの台頭、そして"老い"によって、表舞台から締め出され、次第に人々の記憶から忘れ去られてしまう。しかし当の本人は自分はまだ人気があり、いつでも復帰ができると信じ込んでいる。そこに新人の脚本家が突如現れたことによって起こる悲劇を、天才ビリー・ワイルダー監督がとてつもなく冷酷に冷酷に描いてます。実際に主人公と同じような経歴をたどったサイレント時代の大スター、グロリア・スワンソンを起用したワイルダー監督も凄いですが、役を引き受けたグロリア・スワンソンが一番凄い‼️そのサイレント映画的演技は背筋が寒くなるほどで、ラスト、カメラに向かってポーズするシーンはホントに恐ろしい・・・
虚構と現実が入り乱れるかたちでハリウッドの現実を描いた怖さまでを感じさせる映画
ビリー・ワイルダー監督による1950年製作のアメリカ映画。原題:Sunset Boulevard。
著名だがビリー・ワイルダー監督による作品は、何と初めての鑑賞。コメディのイメージが強く意外感も有り。アカデミー賞で、脚本賞、作曲賞、及び美術賞の3つを獲得。無名だったウィリアム・ホールデンの言わば出世作らしい。
主演のグロリア・スワンソンが、過去の大スターであった栄光の日々の延長線上で夢見る様に生きている元大女優を、とても痛ましく見える圧巻の表現力で演じていた。ウィリアム・ホールデンを引き止めようと、チャップリンのモノマネまで上手に演じていて驚かされた。彼女は1899年生まれで、映画の役通りに、セシル・B・デミル監督(本人役で出演)に見出されたサイレント時代の大女優というから、半端でないリアルさ。役柄を考えると、よくぞ出演したと思える。
若い貧乏な脚本家役ウィリアム・ホールデンはあまり良い演技には思えなかったが、グロリア・スワンソンの豪邸プールで死体となって浮かんだところから、自分語りで物語の語り部となる展開は、とてもユニークに感じた。
グロリア・スワンソンの召使役(元映画監督でノーマの最初の夫で有ることが明かされる)のエリッヒ・フォン・シュトロハイムは、サイレント時代の巨匠監督とのことで驚かされる。撮影中にスワンソンと衝突し撮影中止の過去も、事実として有るらしい。そういえば、喜劇王バスター・キートンもスワンソンのトランプ仲間として本人役で登場していた。
ナンシー・オルソンはホールデンに恋する脚本家志望の娘役で、唯一の普通のヒトで、言わばハリウッドの異常社会との対比を強調する役回りか。好感を覚えたが、残念ながら大女優には成らなかった様だ。
最後、殺人事件に押しかけたマスコミに、銀幕復帰が叶い撮影が始まったと、演技をするスワンソンの姿、その気持ちに応えて撮影指示を出す元監督シュトロハイムの姿を映す映像が、痛ましい・狂気の様相を抉り出す。
楽しい或いは面白い映画とは言えないが、虚構と現実が入り乱れるかたちで、ハリウッドの現実を描いた映画で、そこまでやるんだという怖さを感じさせる驚きの映画であった。
製作チャールズ・ブラケット、脚本チャールズ・ブラケット、ビリー・ワイルダー、D・M・マーシュマン・Jr、撮影ジョン・F・サイツ、音楽フランツ・ワックスマン。
出演は、ナンシー・オルソン、ウィリアム・ホールデン、グロリア・スワンソン、エリッヒ・フォン・シュトロハイム、セシル・B・デミル(本人役)、バスター・キートン(本人役)。
もう駄目っ!幸せすぎてっ!サンセット大通り10086にて
内容は、映画の都Hollywoodに取り憑かれた元有名人の夫婦と売れない脚本家とチャンスの無い舞台裏方の女性が繰り広げる半年間の夢見たいな出来事の一部始終。好きな言葉は『もう駄目っ幸せすぎてっ!』最後の締めの言葉に痺れる様な台詞を持ってきて驚いた。主人公女性ノーマ・デズモンド25年も前に映画の変化に耐えかねて映画界から離れても離れきれない呪われた元大スターヒロインが最後にスポットライトを当てられた時の演技の異常性とそれでも至極の喜びでスポットライトを浴びて正直に語るところが認識の違いで面白い。初監督が最後の監督というところもシナリオの締まりが良くて心地よい。個人的には『紛い物の町を通って戻ろうか』が好きです。創作世界に生きる人々は、あくまで作り物の世界の中でしか生きられないし一度味わえば忘れる事が出来ないほどの優越感と恍惚は、映画の世界問わずメディア業界全体に言える事でありある種の呪いにも似た感覚を監督なりに繊細に表現している所が面白買ったと思います。最後にとった映画🎞『サロメ』にも時代性が感じられ魔性の女に見えてくる所と同情してしまいそうな所に引き込まれました。正に顔で喋ってました。70年前の作品でありながら色褪せない脚本とキャラクターの出来には脱帽します。大きくニ軸の人間を中心として物語を進めながらも絡める周りの人々も味があり群像劇にも見える構成は素晴らしく分かりやすい作品だと感じました。一番に感じたのは映画の世界を捨てたのに映画の街近くで25年も住んで皆から疎ましがられながらも固執した執念で返り咲きを諦めなかったノーマの本当の救いは最後への伏線!これが凄いと感じました。
13年前の感想
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