ショコラのレビュー・感想・評価
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堅苦しい看板を下ろした大人のファンタジー
一人一人の好みのチョコが分かる不思議な力を持つ母娘のチョコレート店が村の古い因習を明るく打ち壊して行くお話。
現在ならば "Diversity" とか "Inclusive" と言った看板を掲げたくなるのでしょうが(勿論それはそれで意味がある事)、そうした縛りから自由な大人のファンタジーとして、ウフフの可笑しみと暖かさに満ちた映画でした。辛いニュースが続く新年に明かりを灯すに相応しい物語だな。これも映画館のスクリーンで観るべき作品。 (2024/1/6 鑑賞)
心がふわ〜〜っとする映画
月に8回ほど映画館で映画を観る中途半端な映画好き。
なので専門的過ぎないライトな紹介を心掛けています。
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保守的な田舎町にある日やって来た訳ありの美女としっかり者の女の子。
彼女らが作るのは人の心を解き解す不思議なチョコレート。
よそ者に懐疑的な田舎町の人々は最初こそ遠巻きに観ていたけれど
彼女らのチョコレートを食べるうちに、
心の中に溜まっていた様々な思いを解放する様になってゆく。
訳ありの美女を演じるのは、ピンクの綿菓子を擬人化した様な
美してく柔らかな若き日のジュリエット・ビノシュ。
そこへ文字通り船で流れてくるのが
派手なメークなんかしていない、スッピンの超美しい
若き日のジョニー・デップ!!
この2人を観てるだけでも目の保養〜〜
ジョニー・デップはジプシーの青年で、心優しい良いやつ。
でも、ジプシーと言うだけで何かと色眼鏡で見られてしまう。
(ちなみに「ジプシー」は差別的な表現なので
今では「ロマ」と言うのが正しいのですが、
ヨーロッパの歴史的背景に疎い私は「ジプシー」と言う方が
何だかロマンティックに感じてしまうわ。)
余談は置いといて、
流石に田舎の閉塞性はなかなか打破できないのだけど
それでも、人々の心の中の
「何かを変えたい!何かから解き放たれたい!」
そんな願望は少しづつ風の流れを変えてゆく。
そう、頑な人々も名もない一人一人も本当の自由のために
いつか風の流れを変える力になる。
(だから選挙にはちゃんと行きましょう!)
大人の寓話的な話ですが、人生に大事なものが
さりげなく散りばめられている
流石のラッセ・ハルストレム監督らしい
心がふわ〜〜っとする映画です。
ぜひご覧ください。
全体的な色味が渋く、北風の寒々しい感じがよく出ている。 だからなの...
全体的な色味が渋く、北風の寒々しい感じがよく出ている。
だからなのか、チョコレートの甘さとホットチョコレートの温かさが手に取るように伝わる。チョコレート好きにはたまらない場面の数々。
封建的な町の住人の心を解く店主の話術はスマートで見事。憧れる。
キリスト教の正しさにとらわれる人々は醜くもあり滑稽でもあり。
ジョニーディップは正統派の二枚めでとてもかっこよかった。
ヴィアンヌに共感
カカオ豆には、向精神的な作用のある成分が含まれているようで、その薬理的な作用が、古くから人を楽しませてきたのかも知れません。
そして、その薬理的な作用は、「北風に乗って放浪した」ヴィアンヌとアヌークのような人たちによって、広くヨーロッパの人達に伝えられたようです。
この作品は「その魔法の媚薬」(?)が、いかに人々を因習から解き放ち、幸せにしたのか」というお話であるといえると思います。
現に、この映画でも、ヴィアンヌとアヌークのチョコレート店を訪れた「憂鬱な客」は、誰もがヴィアンヌの見事な「処方」で、元気を取り戻しているのですから。
村長のレノ伯爵をはじめ、村の人々の白眼視に耐えながら、ショコラ(チョコレート)の素晴らしさを伝えようと努力するヴィアンヌ。
その姿に、とても、とても、とても共感を覚える作品でもありました。
秀作と評して、間違いのない一本だったと思います。評論子は。
(追記1)
ヴィアンヌのようなボヘミアンは、その土地に土着の人々からすると「他から来た得体の知れない人」「自分たちとは違った習慣を持つ人」と受け止められて、得てして阻害視され勝ちなのですけれども。
しかし、ある町のまちづくりの活動をしている団体に「風と土の会」というのがありました。
面白いネーミングだと思って会名の由来を聞いたところ、「風は、遠くから新しいもの=理想を運んでくるもの。土は、地域に根づいて暮らす自分たち。両者の融合を願って、この名に決めた」とのこと。
そういう考え方もあるのかと、感心したことを覚えています。
旧慣をひたすら守っていた村長のレノ伯爵を始めとして、ヴィアンヌたちが訪れた「この村」の人たちには、どうやら、そういう発想はなかったように見受けられます。
(追記2)
なるほど。ヴィアンヌが村の人々を変えただけではなくて、同じボヘミアンのルーに触発されて、ヴィアンヌもまた変わっていく―。
そういう人と人と人と、人との関係性の温かさというのも、本作を評するには欠かせない視点だと思います。
そして、この関係性は、ヴィアンヌたちと村人たちとの間だけでなく、ヴィアンヌ自身にも起きていたことに、観終わってから気づきました。
それは、単にカカオ豆の薬理効果にはとどまらないものでしょう。
この点、「共同体にヨソモノが来て、変化を促し、そのヨソモノも更なる外部要因によって変化を余儀なくされる」というレビュアー・なおさんのレビューに指摘してもらって初めて評論子も気づいたことでした。
とくにハンドル・ネームを記(しる)して、なおさんへのお礼としたいと思います。
(追記3)
別作品『ベルファスト』の評で、レビュアーのbloodtrailさんがジュディ・デンチの存在感を「画面に現れるだけで物語を自分のものにしてしまうくらい」と表現していましたけれども。
本作に登場する彼女の存在感にも、評論子は、両手(もろて)を上げて賛同いたします。
改めて…凄い女優さんだなぁと思いました。評論子も。
(追記4)
こういう作品に出会うと、映画を観ることを趣味にしていて、本当によかったと思います。
さしてお金もかけずにテレビから簡単に録画し、せいぜい1時間半か2時間くらいの時間で、こんなに満ち足りた、ほのぼのとした、幸せな気分を感じることができる趣味は、他にはなかなか求め得ないと思います。
これからも、時間の許す限り、たくさんの作品に触れて、映画を観ることを趣味のひとつとした幸せを、感じ続けていきたいと思います。
幸せなひととき
友人からのおススメで観てきました
とってもよかった♡
♡暖かな気持ちで
幸せを感じる作品でした
いろんな街でチョコを作ってきた
親子(母子)
最初なかなか村人に
受け入れられて貰えなかったが
村の人たちに
チョコレートを食べてもらおうと
その人にあったチョコを勧める
そしてホットチョコレートで
悩み事を聞いて心を和ませる
カカオの豊かな香りに
幸せなひとときが訪れる
女性蔑視、偏見、宗教差別など…
多様性を持った彼女の考え方が
…宗教の教えよりも
しあわせを運ぶ
村長もチョコを食べて
チョコのおいしさを知った
村長さんの考え方も柔らかくなって
村全体に暖かな南風が吹いて
村の人たちが明るくなった
ジュリエットの入れた
ホットチョコレートが
美味しそうだった
そうそうジョニデが
出てました♡若くてイケメンですね
楽しい映画だった、でもイヌにチョコはだめですよ
未見だったので午前10時の映画祭にて鑑賞。
流れ者のシングルマザーのチョコレート職人が、封建的な田舎町でチョコレートを通じて村人の心を変えていくという寓話。 昨年公開の「ウォンカとチョコレート工場のはじまり」となんとなく似たストーリー、というかウォンカが影響うけているんだろうな。
チャーリーとチョコレート工場の主演ジョニー・デップもでてた。
ウォンカと違って本作はラストでみんなハッピーになって終わる。
主人公の娘が、カンガルーのはなしをときどきしててなんのこと?と思っていたが、ラストを見て納得。いま風に言うとあれは流浪生活で孤独な彼女のイマジナリーフレンドだったんだろうね。
「ポトフ」で料理人を好演してたJ.ヴィノシュが本作ではショコラティエ。25歳若くてお美しい。
1つだけ重箱の隅をつつくと、イヌにチョコを与えるシーンがあったと思うが、皆様ご存知のようにチョコレートはイヌにとっては猛毒なんで、そこはご注意を。
心を開く鍵としてのカカオ
2000年の封切り時には見落としてしまいその後はTVや配信で中途半端に観ただけ。通しで映画館で観たのは今回が初めてとなる。なんとなくファンタジーっぽい映画と記憶していたが、ヴィアンヌとアヌークの母子が北風(おそらくミストラル)が吹く日に村に現れるとこぐらいがファンタジーで、後は夫婦間、母子間、人種間など人間関係における葛藤と和解を描いていく。
この監督は、ルールや約束事でガチガチに縛られているコミュニティに外部からの要素が入り込み緊張を溶かしていく、といった主題の作品をよくつくる。「サイダーハウス・ルール」とか「ギルバート・グレイプ」とかね。
宗教的な道徳観で縛られた小さなフランスの村が舞台で、リーダーは村長であるレノ伯爵。ちなみに原作ではレノは神父。ただ流石に1959年のフランスという設定なので政教分離は進んでおり宗教者が暮らしに直接関わる表現は避けたのでしょう。レノ伯爵もあまりヴィアンヌと干渉できず悪口を言って回るぐらいしかできないのですが。
一方、ヴィアンヌは中南米の血をひいており(店の名前もMAYA)結構、呪術的にココアやチョコレートを使うところが面白い。元々、マヤやアステカで飲まれていたカカオは甘い嗜好品ではなく、苦く、辛く、刺激の強い薬用飲料であったと聞く。そして劇中でも説明されているが心を開く鍵としての効用があったようだ。
ヴィアンヌは、カカオの力を使って、人々の願い、欲求を解き放ち、人間性を村の生活に回復させる。
今回、初めて気づいたのだが、ヴィアンヌ自身も活動にめどがついたらまた放浪の旅に出なければならないというルールで自分自身を縛っていた。最終的にはヴィアンヌは自身もこのルールから解放する。
そして物語の最後に、この話の語り手がアヌークであることが示され、彼女のイマジナリであるカンガルーが放たれ消える。これはアヌークの幼女期が終わったこと、母との合作であるイマジナリが消え独り立ちが進んだことを示している。
人は、人を縛ってしか生きることはできない。でも人は、一つ一つ人の影響を絶たないと前には進めない。そのことを重層的に描いた作品である。
幸せを呼ぶチョコレート
フランスの小さな村に越してきたチョコ職人の母とその娘がチョコレートショップを通じて周囲の人々に幸福をもたらしていく心温まるファンタジー。美味しそうなチョコレートも沢山あって観ているだけで心が和みました。
(午前十時の映画祭にて鑑賞)
2024-13
新参者に対する保守的な村人たち。母娘の努力とチョコレートの魔力で少...
新参者に対する保守的な村人たち。母娘の努力とチョコレートの魔力で少しずつ打ち解けていく過程と、『メリー・ポピンズ 』のような設定もファンタジックで面白かった。
ジュリエット・ビノシュが美しかった
午前十時の映画祭13にて。
フランスの小さな村に娘とやって来たヴィアンヌは、老女のアルマンドから店舗を借りてチョコレート店を開いた。村人たちはヴィアンヌが作るチョコレートの不思議な美味しさに魅了され、幸せな気持ちになり心を開いていくのだが、厳格で変化を嫌う村長のレノ伯爵はチョコレート店のことを良く思わず、村人たちにヴィアンヌの悪口を言いチョコレート店へ行くのを禁じてしまった。
村長のやり方に反発する村人もいて、チョコレート店はどうなる、という話。
フランスに貴族がいた時代、既得権を守るためには変化を求めない権力者がいたのだろう、くらいに観ていた。
レノ村長がチョコを食べたかったのに我慢してて、店に忍び込み初めて食べた時の表情が良かった。
ヴィアンヌ役のジュリエット・ビノシュが美しかった。
面白かった。
優しい映画
ラッセ・ハルストレム監督が大好きなので、久しぶりに観に行きました。この時期はアカデミー賞の常連で傑作を連発していました。
近年は余り情報がなく淋しい限り。
ぜひサイダーハウス・ルールを午前十時の映画祭で上映して欲しいです。
ショコラ ラズベリーを添えて
名作は何度見ても年月がたっても色褪せないんだとつくづく実感する。
始まりの赤いコートがドキドキすれし、デップのさりげない優しいさがじわじわと伝わってくる。
キャストが誰も無駄な人がいない。
フランスから見たチョコレートにまつわるお話。
今年17本目(合計1,109本目/今月(2024年1月度)17本目)。
今週(1月1週)って極端に作品数少ないんでしょうか…(なかには2023年12月のものも封通に混ざっていたり)。
さてこの作品ですが、チョコレートの魅力とその魅力を嫌った「排除」の問題、さらにいわゆる人種差別(ジプシー)などに論点があたってきます。古い作品であるようで(大阪ステーションシネマでは「午前10時の~」という表記はされない模様だが、一見して公開年度が古いのでわかる)、何を書こうがVODでも見られる現在ではネタバレになるので大筋はカットということで…。他の方もすでに書かれていますし。
結局のところ、チョコレートという文化自体は古くからあり、その独特な味に何らか魔力が感じられるとか作り手が魔法使いだとかとかと信じられていた時代は国によって差はあってもそのような歴史があったのは事実だし(日本に明治以降本格的に輸入された当時も「不思議な食べ物」として扱われていた)、また映画で述べる人種差別に関することは現在(2023~24)では普通にまだまだ起きている問題です。
本作は作品こそ古いものですが、「チョコレートに何らか魔力が感じられる」という国・文化によっても違ってもだいたい共通して言える文化があらわれる作品は2023年の「ウォンカ~」と同じ趣旨のことが言えますし、ジプシーの人種差別の問題は他の映画でも描かれているもので(一般常識ともいえるが)、それらがミックスされて描写されていたのは良かったところです。
※ まぁ、古い作品は一律でパンフ購入不可(しかもヤフオクとかで検索すると普通にすごい値段になっていたりする)というのがきついですが…。
評価に関してはそこまで気になるところはない(一部、2023~24年の人権感覚では怪しい字幕もまぁあるといえばあるものの、当時のものを尊重したと思われます。まぁ気づくかどうか程度であかさらまにまずいものは出ない)ので、フルスコアにしています。
きれいだなぁ
ジュリエットビノシュ、チョコも美味しそうでしたが何と言ってもヴィアンヌ。デコルテが美しい、大人の女って感じ。この頃のジョニデも全盛期じゃないか?
「ナポレオン」みたいに、仏の話を英語でスウェーデン出身の監督が撮る面白さ。古い因習の部分は苦い味もしました。
観客の力で、アカデミー賞ノミネートまでたどり着いた映画
AC渡航便の機内で鑑賞。
美しい女性ヴィアンヌ(ジュリエット・ビノシュ)とその娘アヌークが、雪交じりの北風に乗るようにして、1959年のイースターを前にしたフランス北部の(架空の)村に流れてきて、ショコラティエを開く。ショコラの香りと食感、独特の味付けは、すぐに村の人たちを魅了するが、村長のレノ伯爵は、ヴィアンヌがシングルマザーであり、彼が実質的に主宰している教会に寄り付かないことから警戒する。まるで、中世の「ハーメルンの笛吹き男」のように。一方、やはり村に流れてきたジプシーたちはショコラティエになつき、とりわけイケメンのジョニー・デップ扮するルーは、ヴィアンヌと恋仲になる。やがて、店を貸してくれた老女アルマンド(ジュディ・デンチの名演)の誕生パーティーが屋外で開かれ、好意的な村民もジプシーたちも踊りに参加する。その時、ショコラティエをよく思わない村の男がジプシーの船に放火、大混乱に陥る。ヴィアンヌは、アルマンドを糖尿病で喪ったこともあって落胆してしまい、いやがるアヌークの手を引いて村を離れようとするが、その時彼女が眼にした光景は、ショコラに魅せられた村人たちが、ショコラ作りに打ち込む姿だった。伯爵は、ひそかに思いを寄せていたアルマンドの娘で未亡人のカロリーヌまでが、ショコラティエに通ううちに彼女の息子が成長したことに気付き、自分もまた出入りするようになったことに愕然とする。孤独感を深めた伯爵は、ある夜、ショコラティエに押し入り、イースターのために準備されていたショコラを叩き割る。その時、飛び散ったショコラの破片が、偶然、伯爵の唇に触れ、ーーー。最後に、アヌークにしか見えないカンガルーが、村の街路に消えてゆくところがとても印象的!
この映画は、最初は単なるファンタジー(おとぎ話)と捉えられたのか、米国では限定公開でスタートしたが、翌月には拡大上映され、やがてはアカデミー賞部門賞にノミネートされた映画であることが知られている。
フランス人の懐の深さ
映画をたくさんみたいので、何度も見る作品はそう多くない
フランス映画はたまにそんな映画がみつかる
人生、闘う事を辞めてはいけない
でも、それだけじゃいけない
視野を広く持って人生を楽しみたいですね
気楽におおらかに
頑張る時は頑張るけど
降りる時はさっさと降りる
ヴィアンヌみたいに人生豊かに生きれたらいいな
人は人であるために禁欲を手に入れたけど、
次の段階である、寛容を手に入れた
人はちゃんと進化している
けど、戦争はまだまだ無くならないなぁ
平和はまだまだ遠い
ジュリエット・ビノシュは”ポンヌフの恋人”以来、長い付き合いになるなあ
フランスの女優は息が長いから
いつまでも楽しませてくれる
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