トラフィック(2000) : 特集
「トラフィック」が凄い3つの理由
文:小西未来
総論
今のサクセスからはとうてい想像できないかもしれないが、かつてソダーバーグ監督作といえば失敗作の代名詞だった。26歳のとき「セックスと嘘とビデオテープ」で華々しくデビューしたものの、その後製作した「KAFKA」「わが街 セントルイス」「蒼い記憶」「スキゾポリス」「Gray's Anatomy」はどれも商業的に大失敗(「スキゾポリス」と「Gray's Anatomy」は日本未公開の実験映画だ)。起死回生を狙って挑んだ第7作「アウト・オブ・サイト」でさえ──批評家の大絶賛を浴びたものの──ヒットと呼べるほどの利益を生まなかった。
この期間はソダーバーグ監督にとって模索の時代だった。独自のスタイルの確立につとめる一方で、ハリウッド映画に対する不満を募らせていたという。彼の頭にあったのは、アメリカ映画の黄金期といわれる1970年代だ。才能のある監督が、第一線で活躍していた時代。しかし80年代の到来とともに、メジャー映画は、ジェリー・ブラッカイマーやジョエル・シルバーがプロデュースする幼稚なブロックバスター映画に支配され、才能のある監督はインディペンデント映画に追い出されてしまった。
「今の時代、才能溢れる監督には不足していない。でも彼らの作品はアート系映画館でのみ公開されていて、全米3000館で封切られる大作を作っているのは凡庸な監督のみだ」
ソダーバーグ監督はまるで呪文のようにそう言い続けた。そして、「エリン・ブロコビッチ」の大ヒットで、メジャーに切り込むことに成功したのだ。「エリン~」のヒットはジュリア・ロバーツ人気に寄るところが多いとしても、骨太の社会派ドラマ「トラフィック」までが一億ドルを突破する大ヒットとなったのは、間違いなく監督の手腕である。
商業的成功を収めたソダーバーグ監督は、ハリウッド映画を変革するチャンスを手にした。突然のスポットライトに戸惑いながらも、監督は喜びを隠せない。
「昔はやりたい映画を作るためには、何ヶ月も説得してまわらなければいけなかった。でも、いまなら数週間で済むんだよ」
ソダーバーグ監督は、これからいくつも傑作を生み出していくはずだ。一般観客がそれに応えることができれば、才能のある監督がメジャーで働くチャンスが増えるはずだ。70年代の再興もありえない話ではない。
ソダーバーグがハリウッドのシステムに飲み込まれてしまうのではないか、と危惧する声もあるが、それは取り越し苦労だろう。なぜなら、大作「惑星ソラリス」のあとに、実験映画「スキゾポリス」の続編を作ろうとしているぐらいだから。ソダーバーグ監督からは、当分目が離せない。