キングス&クイーン : インタビュー
92年の「魂を救え!」での長編デビュー以来、「そして僕は恋をする」(96)、「エスター・カーン/めざめの時」(00)などで、現代フランス映画界を牽引してきたアルノー・デプレシャン監督が04年に製作した「キングス&クイーン」が、ようやく日本公開を迎えた。悲劇と喜劇が違和感なく交錯し、デプレシャン監督の集大成ともいわれる本作について、監督本人と主演女優エマニュエル・ドゥボスに語ってもらった。(聞き手:木村満里子)
アルノー・デプレシャン監督インタビュー
「悲しみも苦しみも笑いも喜びも人生ではすべて重要なんだ」
デプレシャンの新作はスゴイらしい、という口コミで以前からかなり話題になっていた「キングス&クイーン」。その年最も秀れた映画に贈られるフランス批評家協会賞作品賞も受賞、しかしいかにもという大傑作ではなく、何とも不思議で何とも魅力的な作品なのである。
「ノラとイスマエルという元カップルが主人公なんだけれど、2人の物語はそれぞれ平行して進行していくんだ。2つの物語が交錯してお互いが顔を合わせるのは、映画の真ん中とラストでだけ。時間的に映画のちょうど真ん中! 2人の物語もそれぞれ全く同じ長さなんだ。バランスを取るのがすごく難しい作品だったよ」と言うが、技術的なバランス以上に緻密な内容のバランスに感嘆する。生き方も立場も正反対のノラとイスマエルの物語を、ノラのパートは悲劇的に、イスマエルのパートは喜劇的に描き、相反する2つ人生は見えないところで補いあいながら進行していくのだ。そこが1本の映画に2つの異なる物語、異なるジャンルが入っている意義と言える。
「ノラは自分は自由だと思っているが、父親の看病で故郷の町に閉じ込められ、過去に囚われている身だと気づく。一方イスマエルはライバルの罠で精神病院に閉じ込められ、自由の身になることを欲しているが、そんな状況下でも自由奔放に生きている。最後にそれぞれ異なる監獄から解放されていくけれど、その自由は高い代価を払って初めて獲得したものなんだ。ラストシーンで子供っぽかったイスマエルはまともな大人になり、淑女だったノラはカジュアルな服装で若々しくなっている。そんな風に2人の軌跡が最後に交わるのは良いことだと思う」
一見複雑な作りの映画だが、主題は実にシンプルでわかりやすい。
「この作品では、悲しみも苦しみも笑いも喜びも人生ではすべて重要なんだという撮り方をしている。それがこの映画の特徴なんだよ」
ノラを演じたのはエマニュエル・ドゥボス、イスマエルはマチュー・アマルリック。「そして僕は恋をする」の腐れ縁カップルである。彼らから過去最高の演技を引き出した、俳優の演出家とも言われるデプレシャンの演出法とは──。
「僕はノラに美しいサンダルを選び、シンデレラのガラスの靴のように撮影しようと思った。ノラは1日だけ里帰りするつもりだったのに、父親の病気で突如長く滞在することになり、美しかったサンダルは邪魔なものになってしまう。また、楽しい出来事のために履いた美しいサンダルは、(父親の病気という)悪い出来事の前では不適切なものとなる。このように写実主義的なところ、エレガンス、御伽噺的な要素すべてで、エマニュエルは演技をすることがだんだんと簡単になる。こうやって不安定な状態に置かれて、ノラの演技ができるんだよ。僕が映画でやろうとしていることは、写実的であること以上に本物であること。そして観る人の感情を誘発し、その感情の持つ唐突さ、激しさ、グロテスクなものまでも受け入れられることなんだ」
小さな声で恥ずかしそうに話す姿は以前と変わらないが、そこから時折覗かせる自我の強さや頑固さ、エネルギーはパワーアップしたように感じられる。この作品の成功が彼に自信をもたらしたのか、それとも現在どんどん力がみなぎっているところなのか、どちらにせよ今最も注目すべき監督である。