イノセンス : 特集
「イノセンス」のキーワードは「犬」と「人形」。監督の押井守は大の犬好きであり、ご本人も(失礼だが)なんとなく犬に似ている。ということで、少々強引だが、「犬」編では犬=押井守その人と、作品の傾向について、初めて押井作品に触れる人に向けて探ってみよう。(文:編集部)
Part1「犬」編:押井作品の傾向と対策
■キャラより世界観
映画は実写、アニメ問わず、まずキャラクターがあって成立する場合が多い。ハリウッド映画のヒットシリーズ――「マトリックス」や「ターミネーター」、「ハリー・ポッター」や「ロード・オブ・ザ・リング」にしても、キャラクター人気が欠かせないのは明白だ。しかし、押井はキャラクターよりも世界観で物語るのである。
押井は劇場版「うる星やつら2/ビューティフル・ドリーマー」で、原作の人気キャラ(ラム)よりも“永遠に続く学園祭前日と夢の世界”という舞台を主軸して驚きを与えた。さらに作家性を強めた「天使のたまご」は、さすがに商業的には鳴かず飛ばずだったが、しばらく間をおいて手がけたヒット作「機動警察パトレイバー」の劇場版第2作「機動警察パトレイバー2 the Movie」では、再びそれまでの人気キャラを物語の中心からはずし(活躍の場はあるが)、緻密に描かれた東京に戦争状態を出現させた。それは、“幻想的な平和の上になりたっている東京”という世界そのものが大きな主人公のひとつだった。「攻殻機動隊」もその延長線上で、デジタル技術の助けを得て描かれた精密な背景画によって世界観を綿密に描き出した。
■おしゃべりが好き
また、押井はよくしゃべる人としても有名である。人前に出たがらない監督も珍しくない中、押井は自らと自らの作品を割とよく語っている。また、本来動かないものが動くということがアニメの根底だが、それも押井の手にかかれば逆になり、動きを殺して会話を主軸に物語を進める場面が多々登場する。前述した「パトレイバー2」でも、アニメファンが望むようなメカ同士のアクションといったものはほとんどなく、画面の大半を占めるおじさんたちの会話によって物語が進められていく。キャラクターが“押井の代弁者”となり、ワンカットで饒舌な長台詞や議論が交わされるシーンはたびたび見受けられる。
そして今回の「イノセンス」では、現在の技術の粋を極めた映像で観る者を世界に引き込む一方、登場人物たちは故事成語などの引用を頻繁に繰り返す。それは、押井作品の極致といってもいいだろう。ストーリー自体はシンプルだが、画面と会話の情報量を極限まで高めることによって、独特の世界観を生み出しているからだ。全ての引用の意味を解釈しようとすると、話についていけなくなってしまうが、そんな小難しい引用の連鎖も、押井流の“他愛ないおしゃべり”と割り切ってしまえば、もはやそれ自体が押井作品を楽しむひとつの方法となるわけだ。押井守は常々、情報量の限界に挑んできたという。溢れ出る情報の奔流に身を任せれば、それがやがて麻薬的な快感にもなりうるのだ。
さて、続く「人形」編では、そのものずばり、本作に引用された人形についていくつかピックアップして解説していこう。